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「はぁ…はあ…、くっ…!」 俺は走っていた 息を切らしていた …… ああ…やっぱみんな揃ってやがる… …… …疲れた 「キョン…遅い!!罰金ッ!!」 高々に罰金宣告を放つ団長様。 「…俺がいつも最下位っていうロジックは変わらないわけだな…、」 「遅れてくるあんたが悪いんでしょ!?」 「まあまあ涼宮さん。彼も疲れてるようですし、このへんにしておきましょう。」 「そ、そうですよぉ。キョン君息まで切らしてるみたいですし…。」 古泉と朝比奈さんが仲介に入ってくれる。 「ふん、頑張ってきたことを認めたって、あんたがビリなことには変わりないんだからね!」 「…そんなことわかってるぜ。別に事実を否定しようとは思わん。だから、早く中へと入らして休ませろ…。」 そんなこんなで、俺たちは喫茶店へと入る。 椅子へと座る。 …… ふう… やっと一息つけたぜ。 「やはり、昨日の疲れはまだとれませんか?」 口を開く古泉。ハルヒはというと、長門や朝比奈さんと一緒にメニューを眺めている。 「当たり前だろう…そういうお前こそどうなんだ?内心はかなりきつかったりするんじゃないのか?」 「…確かに、きつくないと言ってしまえばウソになります。ですが、その疲労もあなたと比べれば 大したことありませんよ。あそこに残り、最後まで涼宮さんと一緒に戦い続けた…あなたと比べればね。」 「さ、あたしたちのは決まったわよ!男性陣もとっとと決めちゃいなさい!」 そう言ってメニュー表を渡すハルヒ。 「何に決めたんだ?あんま高価なもんは勘弁してくれよ、払うのは俺なんだからな。」 罰金とは即ち、全員分の食事をおごること…SOS団内ではそういうことになっている。 もっとも、それを毎回支払うのは俺なんだが…。 「あのね、あたしだってそこまで鬼じゃないわ。せめてもの慈悲として、一応1000円は 超えないようにしているもの。あたしが頼むのはね、そこに載ってる…これよこれ!」 「…このチョコレートパフェ、値段が800円なんだが…」 「つべこべ言わない!そんくらい払いなさい!そもそも、遅れてくるあんたが悪いんだから!」 何が、あたしは鬼じゃない…だよ…。それどころか、棍棒を装備した鬼といえる。 「…キョン君、財布が苦しいようでしたら、いつでも相談してきてください。 機関でそのへんはいくらでも工面できますから…。」 ハルヒに聞こえないよう小さく耳打ちする古泉…って、マジか!?それは非常に助かる… 「いつもいつも払ってもらってゴメンねキョン君…なるべく私安いのを頼むから…!」 そう言って朝比奈さんが指したのは…この店で最も安い120円のオレンジジュースであった。 「私も…朝比奈みくるに同じ。」 「奇遇ですね。僕もそれを頼もうと思ってたところなんですよ。」 長門、古泉が言う。 …つくづく、俺は良き仲間に恵まれたと思う。なんだかんだで3人とも俺に気を使ってくれている。 まったく、どこぞの天上天下女に… 一回みんなの爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。 「え、えぇ!?みんなオレンジジュースにするわけ!?」 動揺するハルヒ。 「みたいだな。ちなみに、俺自身もそれを頼もうと思ってる。」 「あんたの注文なんか聞いてないわ!!」 そうですか… 「だってみんなオレンジジュースな中、あたしだけデザートっていうのもバカらしいじゃない!? しかも結構でかいから食べ終わるのに時間かかるし…!!あぁ…もう!!じゃあ、 あたしもオレンジジュースでいいわよ!!良かったわねキョン?みんな安い物選んでくれてさ!」 これは驚いた。なんと、俺たちは意図的ではないにしろ、あの涼宮ハルヒ自らの決断を… 覆してしまった!!歴史的瞬間とはこのことか!こんなの今までなかったことだぜ…? …なるほどなぁ、ようやくハルヒも人の痛みがわかる道徳人間へ進化したってわけだ。 「何ボケっとしてんの!?そうと決まれば、早くみんなの分注文しなさい!」 前言撤回。俺の勘違いだったらしい。 …… 「じゃ、いつものクジ引いてもらうわよ!」 SOS団恒例のクジ引きである。不思議探索にて二手に分かれる際、 その人員采配として、この手法が導入されている。 …… 皆、それぞれハルヒからクジを引く。 「おや、僕のには印はないようです。」 「私にもないです。」 「ん?俺もだな。」 ということは… 「え…!?じゃあ、あたしと有希!?」 「そういうこと。印があったのは私とあなただけ。」 …珍しいこともあるもんだ。まさか、組み合わせが俺・古泉・朝比奈さんとハルヒ・長門に分かれるとは。 「有希と二人っきりなんて、なかなか無い機会よね~今日はよろしくね有希!」 「こちらこそ。」 ジュースを飲み干し、会計を済ませた俺たち。そういうわけで俺たち5人は…不思議探索とやらに励むのであった。 「いつも通り、5時に駅前集合ね!」 そう言って、長門とともに商店街のほうへと歩いていくハルヒ。 「なるほど、涼宮さんたちはあちらに向かわれたようですね。我々はどうしましょうか?」 「そうだな、とりあえず俺は…落ち着いて話ができる場所に行きたいな。 朝比奈さんはどこか行きたいところはありますか?」 「いえ…特にないですよ。お二人の好きなところで結構です♪」 「そうですね…では、図書館にでも行きませんか?あそこでしたら静かに話をするには悪くない上、 暖房も聞いていますし…ちょうどいいのではないかと。さすがに、また喫茶店やファミレス等に入るのも… あなたたちには分が悪いでしょう?」 「いや、俺は別に…それでも構わんが。」 「でも、さっき私たちジュース飲んだばかりですよね。昼食だって家で既にとってますから…、お店に入っても、 特に進んで何かを頼む…というわけではないんですよね?でしたら、私も図書館がいいと思います。 話してばかりで何も頼まないようでしたら、お店の人に迷惑がかかるかもしれませんし…。」 …確かにその通りだ。朝比奈さんの指摘もなかなか鋭い。 「決まりですね。では、図書館へ向かうとしましょう。」 俺たちは歩き出した。 「それにしたってなぁ…ハルヒのヤツも、今日くらいは集合かけんでよかったのにな… いくら今日が日曜で不思議探索の日だからって…。ついさっき、12時間くらい前か? 俺たち…この世界の危機に立ち会ってたんだぜ!?」 「仕方ないですよ。涼宮さんは…神に纏わる一切のことを忘れてしまったのですから。 昨夜の一連の記憶がないんです…二日前から今日にかけての日々は涼宮さんの中で 【いつも通りの日常】として補完されているはず、つまり【無かった】ことにされているんです。 であれば、日曜恒例の不思議探索を、彼女が見逃すはずはありません。」 「…まあ、それもそうだよな…あいつ、覚えてないんだよな…。」 …… 「それにしたって、今朝お前に…家まで車で送ってもらったことに関しては、本当に感謝してるぜ。 脱力しきって動く気すらなかったからな…とても家まで自力じゃ帰れなかった。 それと…朝比奈さんもいろいろとありがとうございました。」 「感謝なんてとんでもない。当然のことをしたまでです。」 「そうですよ…私たちなんか、キョン君と涼宮さんが闘ってる間、何もできなかったんですから… むしろ、今か今かと二人を助ける時を待ってたくらいなんですから!」 「古泉…。朝比奈さん…。」 …古泉・朝比奈さん、そして長門の三人にしてみれば、これほど歯痒い思いもなかったかもしれない。 できることなら、神を消し去るそのときまで…俺やハルヒと一緒に闘い続けたかったはずだ。 「…それにしても、三人ともよく俺とハルヒが倒れてる場所がわかったな。」 「前例がありましたのでね、推測は容易かったです。」 「前例?」 「以前、あなたが涼宮さんと二人で閉鎖空間を彷徨われたことがありましたよね。 あそこから帰ってきたとき…気付けば、あなたはどこにいましたか?」 「どこにって…自分の部屋のベッドだな。お前にも前にそう話したはずだぜ。」 「そうですね。で、そのあなたの部屋とは…即ち、涼宮さんによって 閉鎖空間に呼ばれた際、あなたが現実世界にて最後にいた場所というわけです。」 「まあ…そういうことになるな。ベッドに入りこんで眠った直後、俺は閉鎖空間にいたわけだからな。」 「その理屈を今回の事例にも当てはめた…ただそれだけのことです。」 「…なんとなくわかったぜ。」 「今回涼宮さんが閉鎖空間を形成するに至った契機となったのは…長門さんが隣家を爆破した、 あの瞬間です。とは言っても、あくまでそれはキッカケにすぎません。決定打となったのは… 朝比奈さんが涼宮さんをかばい、敵からの攻撃を被弾した…あのときでしょうね。」 「わ…私ですか…?」 …血まみれになった朝比奈さんを思い出す。 …… 確かに、精神的ストレスとしては十分なものだったかもしれない。 「その時点での涼宮さん、及びあなたの立ち位置はどこでしたか? 涼宮さんの家の前でしたよね。それさえわかれば、後は何も言うことはないでしょう。」 「俺たちが現れる場所も、つまりはハルヒの家の前だと。」 「そういうことです。」 「…なるほど、簡単な理屈だな。それにしても朝比奈さん、昨日は無事帰れましたか?」 「それはもちろん!森さんがちゃんと私たちを送ってくれましたから!それにしても… 彼女の見事なハンドル捌きにはあこがれちゃいます!私もあんなカッコイイ女性になりたいです…。」 …新川さんの運転もやけに上手かったな。その証拠に、 ハルヒ宅から俺の家に着くまでの時間も…随分短かった気がする。…機関はツワモノ揃いだな。 …… ------------------------------------------------------------------------------ 闇だった 意識を失った俺を待っていたのは …闇だった …… 俺はどうなるんだろうか?このまま永遠に目を覚まさないのだろうか? …そんなことがあってたまるか…!俺は…生きてハルヒに会わなきゃいけないんだ…! …… 誰か…助けてくれ…っ! …… …? 何か声がする… 誰かが俺を呼んでいる …… 古泉…? 長門…? 朝比奈さん…? ……みんな…? 「ッ!!」 …… 「こ…ここは…?」 「!?目を覚ましたんですね!!」 「キョン君…!!無事で…何よりです…!」 「…本当に良かった…。」 …… 仲間たちの姿が…そこにはあった。 「俺は一体…」 「本当によくやってくれましたよあなたは…涼宮さんと一緒にね。」 「涼宮…。」 …… 「そうだ…ハルヒは!?」 すぐに立ち上がり、辺りを見渡す。なんと、横にハルヒが倒れているではないか。 …… ハルヒ…また会えたな…っ! 「おいハルヒ…大丈夫か!?ハル」 言いかけて口を閉じる。 …… 『明日にでもなれば…神だの第四世界だのそういうことを一切知らない、 ちょうど三日前の状態のあたしがいる…と思うわ。』 そうだ…。このハルヒは、昨日今日のこのことを覚えていない。神に纏わる全ての記憶を。 『ええ…残念だけど。でも、あたしはそれでいいと思う… 普通の、一人の少女として生きるのであれば、こんな記憶…邪魔以外の何物でもないもの。』 わかってるさ。そのほうが…ハルヒは幸せに生きられるもんな。 …とはいえ、それはそれで悲しいもんだ。もう、【あのハルヒ】には会えない…ってのは。 「涼宮さん、まだ起きないんですよね…。どうしましょう?」 「キョン君も起きたところですしね。呼びかけてみましょうか?」 「!待ってくれ古泉…!ハルヒは…このままにしておいてやれないだろうか?」 俺は…事ある事情を話した。 …… 「なるほど…言うなれば、涼宮さんは三日前の状態に戻った…というわけですね?」 「…ああ、そうだ。だから」 「言いたいことはわかりました。涼宮さんはこのままにしておきましょう… それもそのはず、前後の記憶がないのであれば 今ここで起こすわけにはいきませんからね。 『どうしてあたしはこんな外で寝ていたの?』、このような質問をされてしまっては 不都合なことこの上ないでしょうから。」 …さすが古泉。お前の理解力には脱帽だぜ。 「となれば…。朝比奈さん、長門さん 頼みがあります。」 「な、何でしょう!?」 「これから二人で涼宮さんを背負って…彼女の部屋、できれば寝床まで 連れて行ってもらえないでしょうか?少々きついとは思いますが…。」 「あ、そっか…目を覚ましたときにベッドの上にでもいれば、 涼宮さん自然な状態で起きられますもんね!私…頑張ります!!」 「了解した。涼宮ハルヒはきっと部屋まで連れて行く。」 「お、おい古泉!?ハルヒくらい俺一人で背負って行ってやるぞ!? 何も長門と朝比奈さんに頼まなくても…しかも、長門は未だ能力が使えないだけあって 体は生身の人間なんだ。いくら二人がかりとはいえ…それなりの負担にはなっちまうぞ!」 「だ、大丈夫ですよキョン君!すぐ着く距離ですから!」 …? …… そういえば 俺は…ここがどこかをよく把握してなかった。起きたばかりで、いささか余裕がなかったせいか? 隣には見慣れた家がある。いや、見慣れたとかそういう次元の問題ではない…か。 そりゃそうだ。なぜなら、それはさっきまで俺たちが一緒にいた家なんだからな。 …つまり、俺たち二人はハルヒの家の前で倒れていた…というわけだ。 「いや…、それでもだな…。」 「今は涼宮ハルヒのことは私たちに任せて、あなたは休息をとるべき。あなたは今、心身ともに衰弱している。」 「何言ってやがる長門?俺はこの通り…」 …どうしたというんだ?足に力が入らない…?気のせいか、体もふらふらする。 「キョン君…私からもお願いします、どうか今は休んでください! 自分では気付いてないのかもしれないけど…すっごく疲れきった顔してるんですから!」 何…!?今の俺の顔はそんなに酷いというのか。 「彼女たちもそう言ってくれてるんです。ここは素直に従ってくれませんか?」 「あ、ああ…わかった。じゃあ、ハルヒをよろしく頼みます…朝比奈さん、長門。」 「はいっ!任せてください!」 「では朝比奈さん、長門さん…涼宮さんを運び終えたら、しばらくの間、彼女の家で 待機してていただけませんか?こんな夜遅くに女性が一人外を出歩くのは…危険ですからね。 長門さんも今は普通の人間なわけですし。というわけで、これから森さんに電話を入れます。 彼女の車がここに来たら、それに乗り…家まで送っていってもらってくださいね。」 「古泉君…ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えます!」 「それと、すでに新川さんには電話を入れてあります。彼にはキョン君を送っていってもらいましょう。」 「古泉…すまんな。」 「いえいえ、こんなときのために機関の面々はいるようなものですから。」 「じゃあ、長門さんはこっちをお願いします!」 「了解した。」 ハルヒの肩を担ぎ、彼女の家へと入ってゆく二人。 「おや、もう来たみたいですね。」 ふと、道の横に黒塗りの車が停まっているのが見える。 「…いつ呼んだんだ?」 「3分前くらいでしょうか。あなたが目を覚ます直前くらいですね。」 …相変わらず仕事が速い新川さんである。 「さて、森さんにも電話を入れました…じきに彼女もココに来るでしょう。では、車に乗るとしましょうか。」 新川さんの車に同乗する俺と古泉。 「今日は本当にお疲れ様でした。帰ってゆっくりとお休みください。」 「…どうもです。新川さんも、夜遅くお勤めご苦労様です。」 「ははは、あなたの偉業と比べれば、私の働きなど足元にも及びませんよ。」 フロント席から俺に話しかける新川さん。 …… 「古泉…大丈夫か?そういうお前も随分疲れてるように見えるが…。」 「おや、そう見えますか?だとしても、弱音を吐くわけにはいきませんね。 これから僕は一連の事後処理に追われるわけですから。」 「これからって…まさか今からか??」 「ええ、そうです。」 「……」 時計を見る。今は午前の2時である…。 「新川さんの車で本部に帰ったら、ただちに仕事のスタートです。神は一体どうなったのか、 涼宮さんの能力の有無は…、調べるべきことは山ほどありますよ。」 …確かに、それは気になる。何よりも、神がどうなったかということが。 「…僕個人の勝手な推測で言わせてもらうと、神は消滅したのではないか?そう考えてます。現に今、 この世界に何も異変が起こっていない…それがその証拠かと。仮に時間を置いて世界を滅ぼすつもりで あったとしたら、地震や寒冷化などといった何らかの前兆が観測されてしかるべきはずですからね。」 「…そう信じたいものだな。」 「場所は、ここでよろしいですかな?」 気付けば俺の家の前まで来ていた。 「新川さん…ありがとうございました。そして古泉…大変とは思うが、どうかほどほどにな。」 「はい、心得ておきます。では、お休みなさい。」 「おう、またな。」 …さて、家に入るとするかな。…合いカギもってて助かった。 …… 部屋へと戻った俺は…ベッドに倒れ込んだ。…もはや何も考える気がしない。 気付くと俺は寝ていた。 …? 携帯が鳴っている。はて、目覚ましをセットした覚えはないのだが…。 …ああ、なるほど。電話か。窓からは日が射している…起きるには十分な時間帯、というわけか。 とはいえ、昨日あんなことがあったばかりだ…正直言うと、まだ寝ときたい。 …電話? …… まさか…ハルヒに何か!? 「もしもし、俺だ!」 「こぉ…んの…!!バカキョンッ!!今どこで何やってんのよッ!!?」 「おわ!?」 …驚くのも無理ないだろう…?まさかの本人ですか。 「は、ハルヒ…?何の用だ??」 「はぁ!?まさか忘れたとは言わせないわよ!?今日は不思議探索の日でしょうが!!」 「…今何と言った?不思議探索だと!?なぜ今日するんだ??」 「あんたがそこまでバカだったとはね…今日は日曜でしょう!?」 …確かに今日は日曜日だ。なるほど、いつもこの曜日、 俺たちSOS団は町へと出かけ、不思議探索なるものをしている。…だが 「昨日あんなことがあったばかりだろう?それでも今日するのか??」 「あんなことって何よ??いい加減夢の世界から覚めたらどう!?」 …しまった。そういや、ハルヒはこの三日間のことは…覚えてないんだっけか?? 「とにかく!!今すぐ駅前に来ること!!いいわね!?」 「…ちょっと待ってくれ。今すぐだと!?いくらなんでも急すぎやしないか??」 「何言ってんのよ!?今日の3時に駅前に集合ってメールしたじゃない!!」 「そ、そうだったのか??」 「まさかあんた、今起きたとかいうんじゃないでしょうね…?失笑通り越して笑えないわよ…。」 「わかったわかった!!今すぐ行くから!!じゃあな!!」 電話を切る俺。 …マジだ。メールが来てやがる。って、今3時かよ!?こんなに寝てたのか俺!? …… 幸いだったのは、俺が着ているこの服が外出着だったってことか。 もちろん、いつもなら寝間着なんだがな…昨日が昨日なだけにそのまま寝ちまった。 とりあえず、これなら財布・カバン・自転車のカギを身につけ、上着を羽織りゃすぐにでも直行できる。 身支度を終え、部屋を飛び出す俺 「あ、キョン君!やっと起きたんだね!」 廊下にて、妹に見つかる。 「私がどれだけ叫んでも、キョン君ぐっすりだったんだよ? でも今日は休日だから!さすがにドシンドシンするのは勘弁してあげたの!」 ドシンドシンとは…寝ている俺めがけ、トランポリンのごとくヒップドロップをかます 妹特有非人道的残虐アクションのことである。もっとも、妹にその気はないらしいが… って、俺は妹の叫び声でも起きなかったのか。どんだけ熟睡してたんだ? 「ちょっと疲れててな…起きるのがすっかり遅くなっちまった。とりあえず、俺は今から出かけてくるぞ。」 「ええー?今からお出かけ?あ、わかった!SOS団の人たちと何かするんだね?」 「…お見通しってわけか。ああ、そうだぜ。」 「行ってらっしゃ~い。あ、でもキョン君今日まだ何も食べてないじゃない?大丈夫~?」 しまった。そういや今日…俺はまだ何も食べていない。あれ?デジャヴが? …あー、昨日もそうだったか。そのせいで俺たちは…あの後マックへと行ったわけだ。 だが、今回はそうもいくまい。なぜなら、不思議探索をやるこの日に限って…しかも昼3時までに 昼食をとっていないなどというのは、ハルヒ的に考えられないからだ…! まあ、別にいいか。食べてる時間などないし…。それに、昼飯なら探索時にどこかで適当なもん買って 食えばいいだけだろう…。外に出た俺は自転車に跨ると、すぐさま駅へと向かった。…全速力でな。 …… 駅前の駐輪場に自転車を置いた俺は、すぐさまハルヒたちのもとへと走るのであった。 ------------------------------------------------------------------------------ …ちょっと回想してみたが。ホント、昨日今日と忙しい日々だった…。 …… おお、ちょうどいいところに店が。 「ちょっとコンビニ寄ってもいいか?」 「いいですよ。何か買うんですか?」 「ちょっと飯を…な。今日まだ何も食べてねえんだよ。」 「え、そうだったの!?それなら私、あんなこと言わなかったのに…。」 あんなこと…?ああ、あれか。 『でも、さっき私たちジュース飲んだばかりですよね。昼食だって家で既にとってますから…、お店に入っても、 特に進んで何かを頼む…というわけではないんですよね?でしたら、私も図書館がいいと思います。』 「いえいえ、いいんですよ朝比奈さん。古泉や朝比奈さんが何も頼まない横で俺一人だけ 何か食べるというのも…なんとも心苦しいですから。何より、二人が手持ち無沙汰でしょうしね。」 「別に私…そんなこと気にしませんよ?」 「ありがとうございます。でも、俺は飲食店に入ってまで大それた食事をとるつもりはないんですよ。 だから、軽い食事でOKなんです。」 「な、ならいいんですけど…。」 「では、我々はキョン君が食事をとり終わるまで暇を潰しておくとしましょう。 朝比奈さんは…何かコンビニで買うものはあったりしますか?」 「いえ…特にないですね。」 「なら、雑誌でも見ていきませんか?女性誌やファッション誌、漫画など… 未来から来た朝比奈さんには、この時代の雑誌はなかなか興味深いものと思われますよ。」 「!それもそうですね!面白そうです…!」 「というわけで…私たちは立ち読みでもしときますので、あなたはどうかごゆるりと。」 「すまんな古泉。」 とはいえ…あまりにマイペースすぎても2人に申し訳ないので、一応それなりのスピードで食させてもらうとする。 …… おにぎりと肉まんを買い、外に出た俺。 さて、食べるか…。 「ん?まさかこんなとこであんたと会うとは。」 「こんにちは。あ、それ肉まんですか?私はアンまんのほうが好きですね!」 …… いかん、うっかり手にしていたおにぎり&肉まんを落としそうになった。 「…どうしてお前らがここにいる…!?」 藤原と橘が、そこにいた。 「どうしてって…単にコンビニに飯を買いに来たってだけだ。」 「私も同じく!」 『単にコンビニに飯を買いに来たってだけだ。』 …こう言われては、俺もどうにも言い返せないではないか… なぜなら、コンビニに飯を買いに来ることはごく自然なことだからだ。当たり前だが。 「そうかよ…ならいいんだがな。それにしたって、俺は忘れたわけじゃねえぞ! よくも…朝比奈さんを血まみれにしてくれたな!?」 「ああ、あれか。あのことで僕たちに文句言われても困るんだがな。やったのは九曜だし。」 「もっとも、その九曜さんは今ここにはいませんけどね。」 「そういう問題じゃねえだろ!?九曜とか何とか関係ねえ、連帯責任だ!」 「うるさいやつだな…第一、九曜にそうさせたのはどこのどいつだ?」 「あれって言わば正当防衛みたいなものですからね。私たちが非難される所以はどこにも ありませんよ?誰かさんが家を爆破したりしなきゃ、こんなことにはならなかったんですから。」 …確かに、もとはと言えば、偽朝比奈さんに唆された俺が藤原一味を敵だと思い込んだことが 全ての発端か…そのせいで、長門や古泉は連中に対して先制攻撃に打って出ちまいやがった…。 「ま、どうせ異世界から来た朝比奈みくるにでも騙されてたってとこなんだろ?」 「……」 言い返せない。 「あらら、図星みたいですね。せっかく藤原君があなたに『朝比奈みくるには気を付けろ。』 って忠告したのにもかかわらずね。人の話はちゃんと聞かないとダメですよ?」 「?何のことだ?」 「え?藤原君が言ったの覚えてないんですか??」 …? 「それなんだがな、橘。実はそんときの記憶、こいつから消した。」 「ええーっ!?どうしてそんなことしちゃったんですか??」 「僕や九曜が暗躍してることを知られたらいろいろと面倒だろ?そう思って 消したんだよ。それにこいつ自身、結局僕の忠告に従わなかったしな。」 「そのときは従わなくても、途中で考えが変わったりしたかもしれないじゃないですか! 藤原君のせいで…キョン君が私たちを敵だと思い込んだようなものですよ…!? 結果として、私たちは朝比奈みくるを討てなかった!どうしてくれるんですか!?」 「おいおい落ちつけよ…いずれにしろ、目の前にいるこいつの働きのおかげで 世界は救われたんだから…結果オーライ。それでいいじゃないか。」 「そういう問題じゃないでしょ!?いつまでもそんなルーズな性格だと またいつか、同じようなミスをしちゃいますよ!?」 「わかったって…わかったから。すまんかった橘…」 「わかればいいんです。」 さっきからこの二人は… 一体何の話をしてるんだ??…俺にはわからない。 ただ、【怒る橘】と【それに頭を下げる藤原】との対比に驚愕したのは言うまでもない。 「そういうわけで、それじゃキョン君も仕方がないですよね。 今回は双方に落ち度があったと…そういうことにしておきます。」 どうやら、俺にも落ち度とやらがあったらしい。まあ…今となってはどうでもいいが。 「何はともあれ、昨日今日は本当にお疲れ様でした!キョン君。ほら、藤原君も言う!」 「…何で僕がこいつなんかに?今お前が言ったんだから、別にいいだろう。」 「よくないです!こんなときに意地張っちゃってどうするんですか!?だから藤原君は…」 「わかったわかった…言えばいいんだろ?…お疲れ様でした。」 「あ、ああ…。」 「さて、じゃあ私たちは買い物に行くとしましょうか。じゃあねキョン君!」 颯爽とコンビニの中へと入って行く橘と藤原。…まったく、嵐のような二人だったな。 何がどうだったのか…結局よくわからなかった。 …って、これはまずいんじゃないのか??もし…中で立ち読みしてる古泉と朝比奈さんが あの二人と鉢合わせでもしてしまえば…!!俺と違って事情を知らないだけに… 非常にややこしいことになるのは間違いない!!最悪の場合…喧嘩沙汰になるぞ!? …… 用事を済ませたのか、中から出てくる二人。 「それにしても、最近の藤原君はコンビニ食ばかりですよね…?気持ちはわかりますよ。作る手間が省ける分、 楽ですもんね。でも、それも程々にしておいたほうがいいかなーと。栄養が偏りますし。」 「何でお前なんかに心配されなきゃならない!?関係ないだろ!?」 「関係なくないです。また何か共同作業があったとき、体調でも崩されたらたまったもんじゃありませんから。」 「そういうお前はいいのか??自分だってコンビニで弁当買ってたじゃないか…。」 「私は た ま に だからいいんです。それに、私がコンビニを利用するときって たいていは雑誌やライブチケットの予約ですからね。今だってほら…予約してきました!」 「…EXILEのライブ…か。この時代の人間じゃない自分にはよくわからん…。」 「今すっごく人気のグループなんですよ!?一回藤原君も未来へ帰る前に聴いておくべきです。」 「はぁ…そうかよ。」 …… 「あれ?キョン君まだそこにいたんですか?」 「…何やってんだあんた?僕たちが中へ入ってから出て来るまでの間、 おにぎりの一つさえも食ってなかったのか?…呆れるな。」 「そうですね…肉まん冷えますよ?じゃあ、私たちはこれで。またねキョン君!」 「ふん、意味不明なやつ。よくあんたのような人間が世界を救えたもんだ。」 「何言ってんですか!?さっさと行きますよ??」 そう言い残し、去って行く藤原と橘。 …… 突っ込みたいことは山ほどあるんだが…今は自重するしかない。とりあえず外から中を眺めていたが… 結局、両者が互いに鉢合わせすることはなかった。運が良かったんだろうな…要因は2つ。 1つは古泉・朝比奈さんが立ち読みに夢中になっていた…ということ。 もう1つは藤原・橘の二人が雑誌コーナーに立ち寄らなかった…ということ。 この2つが掛け合わさり、見事に衝突は回避。めでたしめでたし…というわけだ。 …… いや、全然めでたしじゃない…無駄に時間をロスした分、一刻も早く食事に手をつけねばならない… 「食べ終わったようですね。」 「ああ…おかげ様で、ゆっくりと食べることができたぜ。」 「それはよかったです!私も私で、ゆっくりと雑誌を眺めることができました!」 「何を読んでたんですか?」 「ファッション誌をね。特に、可愛い衣服やアクセサリーなんかは… 見ててほしくなってきちゃいました!この時代の衣料品もなかなか興味深かったです…!」 「気に入ってもらえて嬉しいです。勧めた甲斐があったというものですよ。」 「そういう古泉は何を読んでたんだ?」 「芸能系の雑誌をちょっと。政治の裏金や特定企業・芸能事務所間の癒着及び秘密協定等… 普段なかなかお目にかかれない記事に白熱していた…といったところでしょうか?」 …なるほど。各々の性格を考慮すれば、二人が本に夢中になっていた…というのも頷ける。 「二人とも満足そうで何よりだぜ。」 「そうですね。…では、行くとしましょうか?」 図書館へ向け、再び俺たちは歩き出した。 …… …どうする?朝比奈さんに…あのことを聞いてみるか? 事態が落ち着いた今なら…もしかしたら答えてくれるかもしれん。 「朝比奈さん…ちょっといいですか?」 「?何でしょう?」 「長門から聞いたんですが、昨日朝比奈さんは…時間移動したそうですね?未来へと。」 「!」 「もし差し支えなければそのこと…教えてくれませんか?」 「……」 彼女は答えない。…やはり、何か触れてはいけないことを…俺は聞いてしまったのだろうか? 「あなたが答えないのは禁則事項のせい…というわけではないようですね。」 「…!」 古泉の言葉に…かすかではあるが動揺する朝比奈さん。 「もし禁則事項で話せないのであれば、すぐさまあなたは【禁則事項】という名の言葉を口から 発するはずですよ。未来人からすれば、それは永久不可侵に通じる絶対のルールであるはず。 現代の我々から言わせれば、ちょうど犯罪是非の境界線認識に近いものと言ったところでしょうか。 朝比奈さんのような実直誠実なお方がそれを破るとは考えにくい…だから、尚更言えるんです。 あなたが答えないのは…単に個人的な問題によるもの、とね。」 「……」 …… 操行してる間に、俺たちは図書館へと着いた。…とりあえず、3人で空いてるソファーに座る。 …空気が重い。 あんな質問、するべきじゃなかったのかもしれない…。俺は後悔の念に打ちひしがれていた。 事態が落ち着いた今なら…世界が救われた今なら答えてくれる…!そう安易に妄信していただけに… 「…話します。」 一瞬、空気が浄化されたような気がした。二度と口を利かない、 そんな雰囲気があっただけに…。彼女のこの一言に、俺は救われた。 「確かに、私はあのとき…未来へと帰っていました。それは事実です。」 …… 「…覚えてるかしら?二日前、私たちがファミレスに集まって話したことを。」 「?…はい。」 「私…あのときは本当にびっくりしちゃいました。涼宮さんの誕生が46億年前に遡ること、これまで幾つもの 世界が存在したということ、フォトオンベルトによりこれから世界が滅ぶこと…どれも信じがたい内容ばかりで、 正直長門さんから初めて聞かされたときは耳を疑いました…。そんなときであっても、 あたふたしてる私とは対照的に、古泉君は凄く冷静で…決して取り乱したりはしませんでした。」 「…朝比奈さん、それは違います。とても内心穏やかだったとは…言えませんね。 むしろ、発狂したいくらいでした。世界は近年になって構築された…この近年説が覆された。 僕を含む機関の面々がこれまで妄信してきた価値観が…根底からひっくり返された。 長門さんの話を【事実】として受け止めるには…あまりにハードルが高すぎましたよ。その証拠に、 キョン君は知ってるはずです。僕のあのときの…ファミレスでの説明はお世辞にも良いものとはいえなかった、 ということをね。当然です、僕自身混乱していたのですから。」 「…何を言ってるんだお前は??十分上手く説明してたように…俺には思えるぞ?」 「本当にそう思っていただいているのであれば、嬉しい限りですね。ですが、よく思い出せば わかるはずですよ。僕が…事あるごとに、しょっちゅう長門さんへ助けを求めていたことがね。」 「そりゃ、全体の説明量から言わせれば、長門の方が多かったかもしれんが…。」 「おわかりですか?朝比奈さん。あのときの僕は正常とはほぼかけ離れた状況にあった…ということが。」 「…古泉君の内心がそうだったとしても、それでも古泉君は…外面をちゃんと取り繕ってたじゃないですか! キョン君が今言ってたように私からしても、とても説明に不備があったようには思えませんでした…!」 ?朝比奈さんは…さっきから一体何を言おうとしてるんだ?今話してることが… 未来へと時間移動したこととどういう関係が?…それにしてもこんな会話、俺はどこかで聞いた気が…。 …… ------------------------------------------------------------------------------ 「ねえキョン君…私って本当にみんなの役に立ってるのかな…?」 …今日の朝比奈さんはどうしたんだ?何か気持ちが滅入るようなことでもあったのだろうか。 まさか、未来のほうで何かあったか?? 「そんなことないですよ朝比奈さん。あなたは十分俺たちの役に立ってます… いや、役に立つ立たないの問題じゃない。いて当然なんですよ。」 「……」 「何かあったんですか?俺でよければ話を聞きますが…。」 「…昨日の晩、私は力になれたかしら…?」 昨日の晩とは…俺たちがファミレスにいたときだ。 「世界が危機に瀕してる…そんなとんでもない状況なのに私は昨日あの席で… 長門さんや古泉君に説明を任せっぱなしで、自分自身は何一つ重要なことはできなかった…。」 ・ ・ ・ 「…朝比奈さん。」 「は、はい?」 「あなたには…長門や古泉には無い物があります。俺が二人の難解な説明を聞いて頭を悩ましているとき… 朝比奈さんが投げかけてくれた言葉の数々は、俺の疲れを随分と癒してくれましたよ。もしあなたがいなかったら… 二人の説明を本当に最後まで粘り強く聞けていたかは…、正直自信がありません。ですから、 本当に感謝してます。変に力まずにただ…自然体のままで。それで十分なんですよ。」 「キョン君…。そう言ってくれると嬉しいです…、でも私…」 …… 「いや、なんでもないです!…私を励ましてくれてありがとう。」 ------------------------------------------------------------------------------ …… おそらく彼女は昨日、ハルヒの家で俺に話したことと…全く同じことを言いたいのかもしれない。 「朝比奈さん…まだそんなこと言ってるんですか??昨日も、俺は言ったじゃないですか!? 朝比奈さんがいたからこそ、長門や古泉の説明を最後まで粘って聞くことができたって!」 「そっか…キョン君にはこのこと昨日話したもんね。二度も似たようなこと言っちゃってゴメンね? そんなつもり私もはなかったんだけど…ただ、【未来へと時間移動した】理由を言うには 今の話はとても欠かせないものだったから…。」 「…そうだったんですね。いえ、自分は全然気にしてませんよ。どうか、話を続けてください。」 「…ありがとうキョン君。」 …… 「ここまで遠回しな言い方をしてしまったけど…つまりね、私はみんなの役に立ちたかったの…! 長門さんや古泉君のような…目に見えるような働きを…、私は果たしたかった! いつも私だけ何もしないのは…もう嫌だったから…!」 「……」 「未来へ時間移動…その行動の契機となったのは、ファミレスで…長門さんが言ってましたよね? 涼宮さんが倒れた今回の騒動には…未来人が関与してるんじゃないかってことを…。」 『あの時間帯にて、私は微量ながら通常の自然条件においては発生し得ないほどの異常波数を伴う波動を 観測した。気になるのは、それが赤外線・可視光線・紫外線・X線・γ線等、いずれにも属さない 非地球的電磁波だったこと。これら一連の現象が人為的なものであると仮定するならば、現在の科学技術では 到底成し得ない高度な技術を駆使していることに他ならない。』 『…未来技術を応用しているのだとすれば、犯人が未来人であるという可能性は非常に高いと思われる。』 …確かに長門はそう言っていた。 「だから私は思ったの。もし犯人が…私と同じ未来人であるのなら、私にはその犯人の情報を つかむ義務がある…と。SOS団で唯一時間跳躍ができる人間が私なんです… もしかしたら、みんなが知りえない情報を私なら…未来で手に入れられるかもしれない! そしたら、涼宮さんの役にも立てるかもしれない!そんな強い思いが…私に生まれたの。」 …… 「だから、朝比奈さんはその情報を得るため、未来へと時間移動したんですね…?」 「…はい、その通りです。」 …… 「でも…現実は非情だった。私は…いろんな人に話を聞いた。幾多の幹部の方にも話を伺った。 それでも…私が求める情報を、誰も教えてはくれなかった。まるで…みんな私に何かを 隠してるかのように…ふふっ、こんなふうに考えちゃいけないのにね。私って…ダメだね。」 …いや、朝比奈さんの今の考えは、おそらく当たってる。 なぜなら、犯人の名前そのものが…【朝比奈みくる】その人だったからだ…。 いくら別世界の住人とはいえ、彼女が【朝比奈みくる】なる人物と全くの同じ姿・形・名前をもつ 人間であることは事実…上層部の連中からすれば、これほど躊躇してしまう存在もなかったかもしれない。 ましてや、世界の存亡にかかわる…現代で言う国家最高機密に指定されていてもおかしくない情報を 彼女に話すことなど言語道断 このような認識が幹部たちの間で成立していたとしても、何らおかしくはない。 「でも、私はあきらめなかった。何度も何度も上層部の方とコンタクトを取ろうともしたし、 電話をかけたりもした…そして、ようやく上司からある情報を聞けたの…。」 上司…大人朝比奈さんのことだ。 「その情報っていうのがね…藤原君たちに任せておけば大丈夫、というものだったの…。」 「……」 言葉に詰まる俺。 …… 結果的に、ヤツらが【朝比奈みくる】の暗殺に向けて暗躍していたのは…事実だったからだ。 「最初聞いたときは、私には何のことだか訳がわからなかった…それもそうよね?キョン君たちからすれば、 彼らは敵なんだもの…そんな彼らがいくら世界を救うとはいえ、その過程でキョン君や涼宮さんたちを助ける だなんて…私にはにわかには思えなかった。…結局、私が未来でつかめた情報はこれだけ。だから、 私にはなんとしてもこの情報の真偽を確かめる必要があった…。藤原君がこの世界に来てるということを知って、 ただちにこの時間へと遡行したわ。そして、彼に連絡をとった…」 ……ッ ようやく話が繋がった。 『…朝比奈みくるがここの時間軸に戻ってきた午後1時24分以降、 これまでに6回…ある未来人との電話での接触を確認している。』 『パーソナルネームで言うところの、藤原。』 …この長門の言葉はそういうことだったのか。 「でも…彼は私の質問に対して、まともな返答はしてくれなかった… 一応何度か連絡はとってみたんだけど…結局、私は何も情報を聞きださず仕舞いに終わった…。」 …… もしかしたら、藤原のヤツは朝比奈さんの【声】を警戒したのかもしれない。 標的である【朝比奈みくる】と全くの同一の声…彼女を相手にしなかったのはこのせいか…? 「…私がね、昨日涼宮さんの家で元気がなかったのも…さっきキョン君から時間移動のことについて 聞かれた際に沈んでいたのも…そのせいなんです!だって…そうでしょう…っ? 犯人が未来と関係あるっていうのなら…きっと未来で何かしらの情報がつかめると、そう思ってたのに! 今度こそ…みんなの役に立てると思ってたのに…。結局、時間跳躍した意味もなかった。 藤原君からも何も聞き出せなかった。私には…みんなと会わせる顔がなかったの…。」 彼女が涙声になっているのは言うまでもない。もしかしたら、泣いているのかもしれない。 …… まさか、彼女にこんな事情があったなんて…思いもしなかった。 ハルヒや自分のことで精一杯だった俺には…彼女の苦しみなんて気付きようもなかった。 ------------------------------------------------------------------------------ 「キョ…キョン…!!みくるちゃんが…!!みくるちゃんがあ!!!!」 「しゃべるな!!お前だってケガしてんだろ!!?」 「違う…!!あたしはケガなんてしてない!!…みくるちゃんが…あたしを…あたしをかばって…!!!!」 …… え? じゃあ、ハルヒの服にべったり付いているこの血は何だ? …… 全部…朝比奈さんの血…… …!? 「う…ぅ、ぅぅ……!」 悲痛な様で喘ぐ…彼女の姿がそこにあった 「朝比奈さん!!!!しっかりしてください!!!!…朝比奈さん!!!!」 「ょ…ょかった…すず…涼宮さんがぁぶ、無事で…!」 「朝比奈さん!!?」 「わた…し…やくにた…てたかな…ぁ…ぁ…!」 理解した 彼女は秒単位という時間の中で自らハルヒの盾となった あのとき奴の一番そばにいた…彼女は ------------------------------------------------------------------------------ 尚更、あのときの彼女の心情がわかる。幾度と奔走した挙句、成果を上げられなかった彼女は… あのとき死す覚悟だった。そこまで彼女は追い詰められていた。 そうでもしないと、自分でも納得のいかない段階まで来てたってのか…!!? …っ!! 「朝比奈さん!すみませんでした…!!」 急に立ち上がり、何事かと思えば…彼女に向け、土下座をする古泉。 もちろん、ここは図書館。館内のあらゆる一般人の視線を…ヤツは浴びることになった。 「ど、どうしたんですか古泉君!?何で…何で私に土下座なんか…!?」 「僕は…正直に、あなたに包み隠さず話さなければならないことがあります…!」 「…??」 「僕は…あなたを、一時的ながらも…疑っていたんですよ…。あなたを、犯人だと!」 「っ!」 「この局面においての未来への時間移動、我々の敵であるはずの藤原氏への電話連絡、未来技術応用による 涼宮さんの卒倒等…いくつもの状況証拠により、あなたを… 一時的にでも犯人だと、僕は疑ってしまった! 朝比奈さんに…そんな重い事情があるとも知らずに僕は…ひどいことを考えてしまった!! 最低ですよ本当に…。深く、深くお詫び申し上げます…。」 「……」 …… 「古泉君…顔を…、顔を上げてください…。」 「朝比奈さん…?」 「…確かに、それを聞いたときはショックでした。でも!それを言うなら私にも非があります…! だって…考えてもみれば、世界がどうなるかもわからないこの局面で…みんなに何の相談もせず、 勝手に時間移動をしてしまった。状況的に疑われても仕方ないことを…私はしてしまいました。 だから、責められるべきは迂闊で軽率な行動をしてしまった…私にあります。古泉君は…涼宮さんのことを、 みんなのことを一生懸命考えてた…!だから、一つでもあらゆる不安要素は潰しておきたかった! 仲間想いの優しい副団長さんだと…私はそう思いますよ…?」 「…許して…くれるんですか?」 「許すも何も…当たり前じゃないですか!私のほうこそ…ゴメンね。」 「朝比奈さん…!ありがとうございます…っ! …そうだ、朝比奈さん。」 「な、何でしょう??」 「僕はですね…その点においては、彼を…キョン君のことを尊敬しているのですよ。」 「お…俺…??」 急に自分の名前を出され、驚く俺。 「彼はですね…僕と長門さんが朝比奈さんの…、一連の状況証拠を並べている時に際してまでも 朝比奈さんの無実を訴えて止まなかった。朝比奈さんが無実だと…信じて止まなかった。それどころか、 そんな問題提起をする僕や長門さんに対して逆上しそうになったくらいでした。…それだけ彼は仲間のことを 心底信じていたというわけですね。ここまで純粋で素朴な人間は…なかなかいないでしょう。」 「キョン君が…私のためにそこまで…?!ありがとう…キョン君…。」 「ま、待ってください朝比奈さん!そんなこと言われる所以、自分にはありません… むしろ、謝りたいくらいなんですから…。もっと早く、もっと早く朝比奈さんのそういう事情に気付いていれば… 朝比奈さんがここまで精神的に追い詰められることもなかったかもしれない…。だから 謝ります、朝比奈さん。」 「……」 …… 「どうしてキョン君にしても古泉君にしても…みんなここまで謙虚なんですかね…? もうちょっと自分を持ち上げたっていいのに…。ふふっ、なんかおかしくなってきちゃいました♪」 「確かに…ちょっとおかしな状況かもしれませんね。僕も自然と笑いが…。」 「古泉よ、どうおかしいのか?お前の得意分野、解説でぜひ説明してくれ。」 「いやぁ…さすがに、こればかりは僕にも解説不能です。」 俺たちは笑いに包まれた。…さっきまでの重い雰囲気は、一体どこにいったんだろうか。 …… 良い仲間に恵まれて、本当に自分は幸せだな…。出過ぎたマネかもしれんが、 おそらく他の2人も似たようなことを考えてるのではないかと…。俺は強くそう感じていた。 いつまでも、こんな時間が続けばいいなと思った。 いや…どうも、そういう問題ではないらしい。さっきから周りの視線が…痛い。 どういうことなんだろうな?俺たちは、すっかり忘却してしまっていた…っ! 【ここは図書館だ。】 何でかい声で笑ってんだ…迷惑にも程があるだろう…? そういうわけで、俺たちは図書館を後にしたのさ。
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今日もわざわざグリークラブの部室の前に遠回りしてから、部室に行って着替えてから体育館に行く。 今日も榊君かっこいー。 「はい、じゃあ次アタックの練習するよ!」 部長さんがみんなに呼びかけ、入部したばかりの1年、もしくは仮入部の人が列を作る。 と言ってるあたしは、入部してから3日になる。 中学のときもバレーボール部だったからね。高校でも入ろうと思って。 「次!」 よし、いよいよあたしの番。 いくわよ!スズキアタック!! 決まった!! あたしは、アタックの練習も終わり、のんびりと残りのアタック練習者を見ておこうと思ったんだけど、その中に一人。 あたしと同じ中学出身で、現在同じクラスの子が一人。 涼宮ハルヒ いやぁ、あの奇行っぷりは本当にビックリだったよ。 初めてその奇行っぷりを知ったときは、思ったね。 やっぱり、人間っていろんな人がいるんだな~って。 で、あたし思ったんだよ。 入学式のクラスでの自己紹介は絶対に普通じゃないこと言うなって。 案の定言っちゃったわけよ。 「ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい、以上」 アチャー。本当に言っちゃったよー。って感じで。 高校入っても何かするつもりか・・・ で、何でその涼宮さんがこの部活に来てるの? そういえば、いろいろ仮入部してるって噂になってたかな? まあ、何をしたいのかはわかんないけど、 そんなことしても、宇宙人はあらわれないよー。 でも、この人、かなり運動神経いいんだよなー。 あっ!涼宮さんの番だ。 おっ!やっぱりうまい! これだけ見てると、かっこいいんだけどね。いやはや性格が問題。 先輩方、今までしてなかった拍手しなくても・・・ まあ、初めてだからしかたないか。 バレー部に宇宙人がいないことが分かったらとっととやめてくでしょう。 で、みんながアタックの練習をし終えると、 「みんなに質問なんだけど、中学のときもバレー部だった人ってどれぐらいいる?他にもバレー習ってた人、ちょっと手あげて」 と、部長さんがそう言っているので、あたしも手をあげる。 よくよく、見てみるとほとんどの人が手をあげているなー。 あげてないのは、涼宮さんぐらいか。 でもまあ、先輩方も先ほどの涼宮さんの実力は認めちゃってるわけで、 「じゃあ、1回みんなで試合やってみる?」とのこと。 進入部員&仮入部の人にそこまでやらせてもらえるなんて、 中学の時には考えられませんでした。 ごめんよ、後輩。 それで、次はチームわけ。それは先輩が先ほどの能力から判断してわけることに。 でも、途中、あたしに先輩が何か言ってたからそれも参考にするみたい。 まあ、どっちでもいいんだけどねあたしは。 「確か、鈴木さんと涼宮さんって同じクラスよね? さっき涼宮さん、5組だって言ってたから」 はい、そうです。 ということは、あたしと涼宮さんは同じチームなわけだ。 そんな気をつかわなくてもいいんですけど・・・ ピーッ 最初のサーブはこっちのチーム。しかも、あたしからよ!! いけっ!スーパースズキサーブ!!略してS3よ!! ・・・ミスった!! 「あんた、中学のときバレーボール部だったでしょ?さぼってたの?」 それを言わないで涼宮さん。 それに、これぐらいのミスならプロでもするから。・・・多分。 それと、はっきり言ってその言葉むかつく。 いや、本人には言ってないけどさ。 なんか、言ったら言ったで、「逆ギレ?」とか言われそうだし。 まあ、こっちも悪いと思ってるよ。本当に。 次は相手サーブ。 おっ!ラリーがつづくねー! これはこれで面白いんだよ。 涼宮さんはイライラしてるけど。 でも、思ったよりはチームのこと考えて行動してくれてよかった~。 自分だけボールにむかって進むような人だと思ったんだけど。 まあ、ほとんどそうなんだけど・・・。 と、考えていると、相手チームはこちらが油断してる隙に、誰もいないスペースにボールを打ってきた。 まずい!また1点取られる!! と、思ったんだけど・・・ なんと涼宮さんが勢いよく走りこんでスライディング。 ボールは床につかずに、涼宮さんの足にぶつかって、大きく跳ねた。 涼宮さん・・・これサッカーじゃないんだから・・・ まあ、ルール違反ではないけどね。 で、そのおかげで何とかこっち1点取れてサーブ権獲得。 次のサーブは!! 涼宮さん・・・ いや、多分、期待はできるんだろうけどね・・・ 思ったとおり、サーブはすごくよかった・・・。 あたしはしたことないけど、ブロードサーブ。 あたしはね、バレーボールの何が面白いかっていうと、あのラリーがつづいたときのハラハラ感が面白いと思うのよ。 だから、サーブだけで8点もとらないで・・・。 で、予想通りというか、なんていうか、あたし達のチームが圧倒的勝利を収めた。 もちろん、涼宮さんのおかげ・・・あたしの活躍はなし。 「ここも普通ねー。やっぱりやめます」 うんうん、それがいいよ。 あなたがこの部活に入ったら、1ヵ月後には変な噂がたっているような気がするから。 先輩、そんなに残念がらなくてもいいですよ。 あたしがいるじゃないですか。 涼宮さん・・・ もし、球技大会でバレーボールをすることになったら、その時また一緒にがんばろうよ。
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古泉「なるほど…そんな理由があって御三方は旅を続けていると言う訳ですか…」 キョン「そうだ。俺達は強くなる。あの雷凰丸とやらを倒すぐらいまでにな」 古泉「そして、信長の軍も全て始末する…そういう訳ですね?」 キョン「ああ、奴に殺された同志は数えきれないほどだ。そして長老はあいつがまだ生きていると言っていた。信長を倒し、皆の仇を討つ。これが俺達の目標だ」 古泉「素晴らしい目標ですね。…信長は確かに生きているでしょう。理由はあの圧倒的な威圧感を漂わせる城…」 ハルヒ「安土城が未だに焼き払われていない…そういうことね」 古泉「その通りです。流石は涼宮さんですね」 ハルヒ「なぁにっ!簡単なことだよ!ワトs 長門「…お客さん?」 うぉ長門!!いつの間に!? 頼むぜ長門、せめて入る時はノックぐらいしてきてくれよ いくらお前でもイキナリ現れられたら何か別な霊的のもんを連想しちまうじゃねえか 長門「ノック…した…」 そうかい、そりゃすまなかったな キョン「まあ、とりあえずコイツが長門だ。ほら長門挨拶しろ」 長門「…!!」 キョン「どうした長門?」 長門「…なんでもない」 ハルヒ「?どうしたのよ有希?早くなさい」 長門「長門…有希…」 古泉「僕は古泉一樹と申します。よろしくお願いします。長門さん」 長門「…ユキって呼んで」 キョン「!?」 ハルヒ「!?」 古泉「!!!!!?????」 一体どういうことだ? この状況はなんだ? まるで長門が古泉に一目惚れしたような… いや、まさか長門が…そんな馬鹿な しかし俺の横でいくらか頬を赤く染めながら古泉の方をじっと見つめているコイツを見る限りではそうとしか思えない いや、そうとしか言い切れない 今俺は確信に満ち満ちている。そう、満ち満ちているとも 長門の新しい表情を見て俺の下半身に血液が集中しちまって、我がマスターソードは異例の巨大化を遂げようと…って何を考えているんだ俺!! しかしハルヒの方を見るとあいつも唖然とした顔つきで長門の方を見ている。 そりゃそうだろう。俺達はこんな長門など一度も見たことがないのだからな 古泉「…え、ええと・・・その・・・」 長門「…いっくん」 古泉「ちょ、ちょっとまってくだsssss」 長門「好きなようにして・・・」 浴衣を脱ぎながら古泉の首に手をまわす我が旅の仲間こと長門有希。 正直、たまりません… 性欲を、持て余す… あああああ何を言っているんだ俺は! こんな状況は見ていられん ハルヒも顔が真っ赤だ!!まるで湯でダコだ! ある種の臨界点を突破しかけていたこの部屋の雰囲気を一瞬で破ったツワモノは女将さんだった ガラガラっ 女将「皆様お菓子をお持ちしましたわ。一緒に食べませんこと?・・・・・あらあら皆様昼間からお熱いことで。でも余り早い時間からそういうことをされると色々困りますわ。出来れば夜でお願い・・・ね?」 長門「…残念」 古泉「は、ははは。はははははははは、はぁ…」 そんなこんなで俺達は女将さんと五人で世間話をした後、女将さんが部屋を離れると沈黙の極みとなった部屋の雰囲気をあらためて立て直すべくかハルヒが ハルヒ「そうだ!もう一度みんな自己紹介しましょ!」 などと言いだした。 まあ今回ばかりはこの気まずい沈黙を打破しただけ感謝するとしよう ハルヒ「涼宮ハルヒ!拳闘治療師、伊賀女。使える術は傷を癒したり体を楽にする基本の回復技よ。剣術も使えるわ、双剣使いよ!」 キョン「」 ハルヒ「アンタはキョンでいいわ」 キョン「・・・・・はぁ…まあ本名はさっき教えたからいいか…。俺は伊賀出身の忍者だ。術は炎の系統に属するものを使える。まごうことなき一刀流だ」 長門「長門有希…術の系統は大体なんでも…一刀流」 古泉「古泉一樹です。見た通りの陰陽師です。式神を使った呪術は一通り会得していますので、その内お見せする機会もあるでしょう。よろしく」 ハルヒ「これで仲間が一人増えたわね」 キョン「確かに一人増えはしたが、やはり戦力に偏りがあるな」 古泉「その事実は否めませんね。涼宮さんを除く我々三人はいわば完全に攻撃タイプです。更に涼宮さんが攻撃と治療を行う割合は良くても半々でしょう。違いますか?」 ハルヒ「そうねえ…ちゃんとした治療師も欲しいわ。羅漢とかを仲間にしましょう」 キョン「あのなハルヒ…仏教修行を積んで最高位に達した聖者を総称して阿羅漢、略称で羅漢と言う。そんな徳の高い奴らが俺達の仲間になってくれる筈ないだろう」 ハルヒ「そこをなんとかして仲間にするのよ!」 キョン「そこらへんにいる山伏や僧でもいいじゃないか」 ハルヒ「山伏なんて酒臭くて嫌よ。僧も説教臭そうだし」 古泉「ハハハ、間違ってはいませんね」 ハルヒ「僧兵なんかもいいわね!ほら武蔵坊弁慶とか有名じゃない!!」 キョン「あれは特別だろう。それに治療専門じゃない」 ハルヒ「う…」 長門「…」 ハルヒ「有希も何か意見出しなさいよ」 長門「…町の外で交戦の音がする」 キィン!!キンキン!! ハルヒ・キョン・古泉「!!」 キョン「…今この国の兵達は合戦中か?」 古泉「ええ、殿方もろとも出陣してると聞いておりますが?」 キョン「…って事は、これはその殿が不在の隙を狙われたってことで良いんだな?」 古泉「はい、真に結構な回答かと」 キョン「なんて言ってる場合か!!町民を助けに行くぞ!!!」 ハルヒ「はい刀!!」 キョン「おう!」 古泉「では僕も微力ながら参戦することに致しましょう」 影の軍下忍「この城下町を警護する武士共はほぼ鎮圧致しました」 ???「御苦労。下がっていいわ」 影の軍下忍「ハッ」 ???「大した武士もいないこの国じゃ、やっぱり下忍でも鎮圧は容易ね。さて、後は城を焼討ちすれば任務完了かしら」 ザシュッ 影の軍下忍「ぐあああああ!」 キョン「そうはさせないぜ」 ???「…!?」 バキッ! 影の軍下忍「おふぅ!」 ハルヒ「全く、毎度毎度思うけどなんでこう張り合いがないのコイツらは」 ???「貴方達何者?随分な登場の仕方じゃない」 キョン「俺達は単なる旅の輩だぜ。お前こそ何者だ?信長の回し者か?」 ハルヒ「こいつらの外装を見る限りどう考えてもそれっぽいけどね」 朝倉「あら、それは失礼したわ。私の名前は朝倉涼子。影の軍の中忍よ」 キョン「中忍か…お前は少しぐらい手応えがあるんだろうな?」 朝倉「私が貴方より弱いとでも言うの?」 キョン「さあ?やってみれば分かるんじゃないか?」 朝倉「そう、いいわ。じゃあ死んで♪」 シュババババババババババ!!!! キョン「!?うおっ!ちょ!」 な、なんだなんだ? いきなり無数の棒手裏剣が飛んできたぞ?? 偶然全部かわせたから良かったものの… キョン「お前今何をした!?」 朝倉「全部私が投げたのよ?」 キョン「嘘つけ!あんな一瞬で全部投げられる訳無いだろ!!」 朝倉「敵に本当のことを教える忍者がどこにいるの?死になさい♪」 シュババババババババババ!!!! キョン「くっ…炎術・火走!!」 体全体から放たれた馬ほどある大きさの炎は全ての棒手裏剣を飲み込んだ キョン「どうだ?」 朝倉「甘いわね。後ろよ」 キョン「ちっしまっ…」 朝倉「!?」 突如巨大な竜の形をした水が朝倉を襲い、飲み込もうとする 長門「氷術・水竜…」 キョン「すまん助かった…」 長門「いいから貴方は前を向くべき」 キョン「ああ」 巨大な水の竜に飲み込まれながら、朝倉は指を交差させ術を唱える 朝倉「天術・空剣!」 風の刃は、瞬く間に水竜を切り刻むとただの水へと姿を戻させた 朝倉「水の術で私を倒せると思っているの?」 長門「…彼女は天の系統に属する術を使用できる。主に風」 キョン「そうか、だからあれだけの棒手裏剣を簡単に操れたんだな」 長門「そう」 キョン「天か…ならこちらに勝機はある!」 ???「確かに炎と風じゃ相性は良くないね」 キョン「誰だ!?」 国木田「僕の名前は国木田。君の相手は僕がしてあげるよ」 キョン「その服…あんた方士か」 国木田「よく知っているね。そう、僕は仙術を学んでいるものさ」 古泉と同じ道士の類なら古泉が相手をすれば良いだろう あの野郎どこにいやがる 国木田「いくよ」 キョン「仕方ねえ相手になってやるよ仙人さん!」 ビュンビュン!! 朝倉「どうしたの?私の風の攻撃に手も足も出ないのかしら?」 長門「術の素早さは私と同等…でも」 朝倉「これで終わりよ。死になさい」 長門「炎術・火翔」 朝倉「!?」 火の翼が朝倉の体を覆う 長門「私が行使出来る術の系統は一つでは無い。そして貴方の術系統は火が苦手…」 朝倉「ああああああああああああああああ!!!」 国木田「仙術・風鬼!」 間一髪のところで国木田の放った風の鬼が朝倉にまとわついていた炎を飛ばす キョン「しまった! はああああああ!!!炎滅斬!!」 国木田「ぐっ!」 朝倉「不味いわね・・・国木田は接近戦にフリよ」 長門「貴方の相手は私」 朝倉「そうしたいのはヤマヤマだけど悪いわね。天術・濃霧」 そう朝倉が唱えると共に、濃い霧が辺りを包み長門の視界を奪う 長門「…うかつ」 キョン「終わりだ国木田!」 国木田「…君はもう少し自分の後ろに注意すべきなんじゃないのかな?」 キョン「なに?」 キョン(棒手裏剣の雨…!?) シュバババババ!! 朝倉「ふふふ」 キョン「まず…」 朝倉「もう遅いわ。今度こそ本当に終わりね。この棒手裏剣の雨に突きぬかれなさい」 キョン(くそっ…ここまでなのか…!?」 『陰陽道の契約者として示す。遥か古くより我に使われし式神よ、今こそその礎たる力を解き放て!!』 古泉「陰陽道・土鬼!!」 キョンの目の前に大きな土の塊が現れ、朝倉の手裏剣を全て弾く 古泉「どうも遅くなりました」 キョン「遅すぎる。今まで何をやっていたんだ?」 古泉「涼宮さんと共に他の下忍達を討伐していました」 ハルヒ「全く情けないわねーキョン」 キョン「ちっ返す言葉もないぜ」 ハルヒ「とりあえずこれで五人そろった訳ね」 朝倉「ちょっと分が悪いかしら?」 国木田「そうみたいだね」 朝倉「この勝負、次回に持ち越しましょう。じゃあね貴方達」 国木田「仙術・風鬼」 そう言うと朝倉は国木田の呼び出した風の鬼に乗って城下町を後にした ハルヒ「逃げられたわね・・・」 キョン「ああ…だが……おっと足がフラフラするぜ」 長門「…長い間、炎の術を自分の刀に収束しすぎたのが原因と考えられる。単なる気力消耗。怪我はない」 古泉「しかし間一髪でしたねえ」 長門「向こうも私達と同等の力、ミスをした方が負けていた」 古泉「確かに、彼等は僕達とほぼ同等の力を持っていました。一人はくノ一でしたが、もう一人の方は…?」 キョン「方士だ。なぜ影の軍に方士なんかが味方するかは分らんけどな」 古泉「方士…と言われると仙術を学びし者ですか…どうりで、あの風鬼は僕が式神を使って行使するものに極似しています。」 長門「そんなことより…戦いで疲れたから慰めて欲しい…いっくん」 古泉「い、いいいいいいえいえいえいえ!僕の力ではやや不足気味で…」 長門「そんなことない・・・だめ?」 古泉「う、上目使いで見られてもですね・・・そ、それは…」 ハルヒ「全く…有希も中々のやり手ね!」 キョン「もう…元気ビンビンだぜ!」 ハルヒ「・・・・・アンタは少し眠ってなさい!!」 ゴン キョン「ひゃーい」 涼宮ハルヒの忍劇4
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まぶしい。目の奥がきゅっと締まるような痛みに、俺は苦痛ではなく懐かしさを感じた。 同時に全身の感覚が回復し始める。手を動かし、指を動かし、足を動かす。やれやれ。どうやらどこか身体の一部が無くなっている ということはなさそうだ。 俺はどうやらベッドに寝かされているらしかった。右には――あー、映画か何かでよく見る心電図がぴっぴっぴとなるような 機械が置かれ、点滴の装置が俺の腕に伸びている。 「病院……か、ここは?」 殺風景な病室らしき部屋に俺はいるようだ。必要な医療器具以外は何もなく、無駄に広い部屋が俺の孤独感を増幅する。 窓から外を眺めると、空と――海のような広大な水面が広がっていた。ただ、その窓自体が見慣れたような四角いものではなく、 船か何かにありそうな丸いものだった。 「ここはどこだ……?」 寝起きの目をこすりつつ、俺は立ち上がる。幸い点滴の器具は移動式のようで、それとともに移動すれば 点滴の針を抜かずにすみそうだった。本当はこんな得体の知れない液体を体内に注入されているなんて 精神的に良くないから引っこ抜いてしまいたくなるが、万一のことを考えてこのままにしておくことにする。 俺は円い窓のそばまで行き、そこから外をのぞき込む。青空の下に広がっているのはやはり海だった。 広大な海原におとなしめの波が沸き立っている。 ――と、背後で扉の開く音が聞こえた。俺が反射的に身構えながら振り返ると、 「……やあ、どうも。ひさしぶりですね」 そこにいたのは、妙に大人びた古泉一樹らしき人物。少し顔つきが引き締まり、背も高くなっている。 「古泉……だよな?」 「ええ、そうです。あなたが憶えている僕に比べて少々成長しているでしょうけどね」 くくっと苦笑を浮かべる。その口調と苦笑でようやくそいつが古泉であることに確信を持てた。 しかし、その成長した姿は何だ? 朝比奈さん(大)みたいに未来の古泉が現れたなんていう話は勘弁だぞ。 「まあ、話せば大変長くなるわけでして。とりあえず、医師による検査を受けてもらえませんか? 積もる話はその後でも十分にできますから。なにせ、あなたは2年もずっと眠っていたんです。身体のどこにもおかしなところが 無いという方が無理があるでしょう?」 「2年……だって?」 あまりに唐突な話に俺は視界が再び暗転しそうになる。確かにさっきまで眠っていたようだが、俺はそんなに寝ていたのか? まるで三年寝太郎だな。それだけ長い間眠っていたらさぞかしたくさんの夢を見ていたんだろうと思うが、 いまいち思い出せん。夢って言うのはそんなものだろうけどな。 気がつけば、白い服を纏った医者らしき人間数人が病室の入り口から俺の方を見ている。 どうやら結構注目を浴びている存在のようだ。ならとりあえず、お言葉に甘えておくかね。 おっと、でも一つだけ聞いておきたいことがある。 「ここはどこだ? 外には海原が広がっているが、まさか三途の川を渡っている最中って事はないよな?」 俺の言葉に古泉は肩をすくめて、 「ご安心を。あなたは死んでいません。僕が保証します。で現在僕らがいる場所ですが……」 わざとらしく古泉は一拍置いてから、あのニヤケスマイルを浮かべ、 「ここは米海軍空母ジョージ・ワシントンの中ですよ」 古泉の言葉に、俺は「はあ、そうですか」としか答えられなかった。 ◇◇◇◇ 結局、医師に囲まれて数時間に上る検査を受けさせられたあげく、ようやく解放された俺は寝ていた病室で 黙々と夕食のスープをすすっていた。隣には古泉がパイプ椅子に座り、俺の検査結果の容姿をパラパラとめくっている。 「驚きましたね。ずっと寝たきりの生活だったというのに身体的にも精神的にも全て良好。 それどころか、2年前のあの日から何一つ変化がないとは。通常、成長的な変化は存在しているはずなんですが、 それもない。医師たちもこれは奇跡だとうなっていましたよ」 「へいへい」 俺はさっきから医師達に同じ台詞をバカになるまで聞かされたおかげでうんざり気分100%だ。 奇跡と崇めてくれるのは結構だが、人を人外の化け物のようにいじくるのは止めてくれ。 「不愉快にさせてしまったのであれば謝罪します。ですが、これが医学的にどれだけとんでもないことであるか その辺りにもご理解をいただきたいですね」 わかっているさ。俺がこうやって2年ぶりに目を覚ましたとか、気がついたらアメリカの空母の中にいるとか、 普段では考えられないような奇跡が連発しているだ。もう一つや二つ起きても今更驚かん。 しばらく、俺たちは各々の作業――俺は飯を食って、古泉は書類を眺める――を続けていたが、やがて同時にそれが終わる。 俺は肩をもみほぐして、これから始まるであろういろいろとめんどくさそうな話に備えた。 「あまり肩に力を入れなくても良いですよ? 結構長い話になりますからね、リラックスして聞いて貰わないと」 「わかったよ。で、まず何から話してくれるんだ?」 その問いかけに古泉はすっと俺の方に手を伸ばして、 「僕の方から説明し始めると、あなたを混乱させてしまうかもしれません。この2年でとても世界は変わりましたからね。 まずあなたが知りたいことを言ってください。それに僕が可能な限り答えていきますから」 そうこっちにボールを投げ返してきた。そうかい、なら遠慮無くきかせてもらうぞ。 「まず最初にだ。SO――」 俺のその言葉に古泉の表情が一気に曇った。そして、俺の心にも強烈な引っかかり感が生まれる。 ……どうやら、それを聞くのはまだ早そうだ。もっとどうでもよさそうなことから聞いていくか。 「あー、えっとだな、機関ってのはある意味秘密の組織じゃなかったのか? それが堂々とアメリカ軍の空母の中にいて いいのかよ? それとも身分を偽って入り込んでいるのか? でもそれじゃ、俺がここで寝ていた理由にはならないが」 「機関の立場はあなたが寝ていた2年で大きく変わりました。以前のように水面下で動く組織ではなく、 今では国連の承認を得た公式組織ですよ。名目は国際連合の一部とされていますが、実際には独立していて、 国連はその支援をしているという状態ですが」 「また大出世じゃないか。おまえのアルバイトも国際的公務員の仲間入りだ」 「怪我の功名みたいなものですから、手放しには喜べませんけどね」 そう寂しげな表情を浮かべる古泉。俺は構わずに続ける。 「で、何でまたそんな大躍進を遂げたんだ?」 「そうなる必要があったからです。閉鎖空間というものが、もう機関という一部の非公開組織だけの中の存在として 扱えなくなった。やむ得ず、僕たちはその存在を世界へ公表し、同時に閉鎖空間というものについて情報を提供しました。 そうでなければ、全世界の混乱は収まらなかったでしょう。原因のわからない異常事態が拡大する一方では 人々はより猜疑心を抱き、混乱が助長されます。そこで僕らがその原因についての情報を伝え、また対処法を伝えることによって 安心感を与えました。おかげで元通りとは到底言えませんが、世界情勢はある程度の平静さを保ち続けています」 「……何があったんだ?」 俺は核心に迫った質問をぶつける。古泉はすっと目を細めて俺の方を見ると、 「あなたはどこまで憶えていますか? 眠りにつく前のことです」 その逆質問に俺は後頭部を掻き上げながら、しばらく脳内の記憶をほじくり返し、 「ハルヒの奴に、ジュースを買ってこいと言われたことまでは憶えている。その後、横断歩道を渡って――そこからはわからねえ」 「……わかりました。では、時系列で何があったのかを説明しましょう」 古泉はパイプ椅子に背中を預け、目をつぶって話し始める。 「あの日、あなたは大型のダンプカーに追突されました。ちょうど横断歩道を渡っているときにです。 一応、あなたの名誉のために言っておきますと、信号はきちんと青でしたよ。トラックの運転手が居眠りをしていたのが 原因みたいですね。そのトラックはそのまま近くの電柱に激突し、運転手の方も亡くなっています」 「マジかよ……」 俺は全身をぺたぺたとさわり始める。実は指が一本ないとか、身体の一部が機械仕掛けになっているとかという オチはないよな? 「ご安心ください。あなたは全くの無傷でした。いえ、現実的にそんなことはあり得ないんですが。 実際にあなたはこれ以上ないほどに血まみれになっていましたからね。しかし、その後やってきた救急隊員も 首をかしげていました。どこにも大量出血するような傷がない。この血はどこから出てきたんだと混乱していました。 一時は僕らによるイタズラなんていう疑惑もかけられたほどです」 「そりゃそうだろ。というか、相手が大型トラックなら全身がバラバラになって即死していそうなもんだが」 「長門さんが何かをしたと思いましたが、彼女は何もできなかったと言っていました。となると、後は涼宮さんしかいません。 衝突した瞬間は重傷を負っていたんでしょうけど、その後傷ついたあなたを修復したんでしょうね」 「全くハルヒ様々だ。危うくこの若さで天に召されるところだったぜ」 「ですが、問題が発生していました。涼宮さんの修復に何らかの問題があったのかわかりませんが、 あなたが一向に目を覚まさないのです。あらゆる検査をしましたが、全く異常なし。以前階段から落ちて 意識不明に陥ったことがありましたが、あれと同じ状態でした。当然、原因がわからないので対処の仕様もなく、 ただ僕たちは見守ることしかできません。最初は涼宮さんもあの時と同じようにすぐに起きると思っていたみたいでしたが、 一週間経っても目を覚まさないあなたに少しずつ罪悪感を募らせていきました。自分の責任だと。 自分があなたにジュースを買ってこいと言わなければこんなことにはならなかったと」 「んなことで悩んでも仕方ないだろ。どうみても不幸な事故だったとしか言いようがない。 それがどこかの悪の組織の仕業でもない限りだれのせいとも言い切れない」 「あの事故は本当に偶然起こったものでした。どこかの誰かが仕組んだものではありません。ただの事故。 だからこそ、何の対処もできていなかったのですが」 そう嘆息する古泉。ハルヒの奴、そんなに悩んでいたのか……ん、何だっけ? どこかでそんなハルヒの言葉を聞いたような…… ダメだ。思い出せねえ。 「どうかしましたか?」 「いや……何でもない。続きを話してくれ」 額に手を当てて思い出そうとしたが、結局思い出せず、古泉の話を続けさせる。 「事故が発生してから一週間が過ぎたころ、涼宮さんの様子がおかしくなり始めました。授業出ず家にも帰らず、 ずっとSOS団の部室にとじこもるようになったんです。同じ団員である僕たちも部室から閉め出されてしまいました。 それまではずっとあなたの病室に泊まり込んでいたんですが、それ以降見舞いにも行かなくなっています。 その間、僕や長門さん、朝比奈さんでどうにかあなたを目覚めさせようと努力しました。 しかし、僕がどんなに優秀な医者を連れてきて検査して貰っても、朝比奈さんの未来の技術を使っても、 長門さんのTFEI端末としての全能力を使っても、あなたは決して目覚めなかったんです。理由はわかりません。 長門さんに言わせれば、涼宮さんがあなたを修復した際に何らかのバグのようなものが混じってしまったのではないかと。 涼宮さんの能力は情報統合思念体でも解析できていませんからね。対処できなくて当然なのかもしれません」 「……いろいろ手をかけさせちまったみたいだな。すまねえ」 「いえ、これも――SOS団の仲間として当然のことしたまでです」 にこやかな古泉の笑顔に、俺は感謝と気色悪さが入り交じった微妙な感覚に困ってしまった。 そんなことにはお構いなしに古泉は続ける。 「そして、事故発生から2週間後、ついに恐れていた事態――いえ、恐れていた以上の事態が発生してしまいました。 閉鎖空間の発生です。ただの閉鎖空間ではありません。いつもは通常空間とは異なった灰色の世界で神人が勝手に暴れるだけですが 今回はその通常空間に神人が現れたのです。もちろん、そこには一般人が多く住んでいますが、そんなことはお構いなしに 神人は暴れ回りました。それも数十体もの数で。しかも、北高周辺だけではなく全世界規模でね」 古泉の言葉に俺は心臓がつかみ出されたような痛みを憶えた。ハルヒがそんな大量虐殺のようなマネを? 嘘だ。いろいろ変なことをやる奴ではあるが、人が目の前で死にまくるようなことを望むはずがない。 「なぜ、閉鎖空間ではなく通常の空間で暴れたのか。これに関しては機関内でも意見が分かれています。 僕としましては、涼宮さんに長らく触れていますからね、閉鎖空間を発生させるつもりが何からの問題により、 神人だけができてしまったという不慮の事故という解釈を持っていますが」 ――古泉はここでいったん口を止めて、肩がこったというように腕を回す―― 「その時の光景はもう特撮映画の世界でしたよ。最初は警察が応戦していましたが、やがて歯が立たないとわかると、 今度は自衛隊が投入されました。航空機やら戦車やらが神人と武力衝突です。滅多に見れるものではありませんでしたね。 しかし、やはりあの化け物には歯が立ちません。そこでついに正体が知れることを覚悟の上で、機関の能力者達が 神人を撃退するために動きました。さすがにあれだけの数を片づけるのに数週間を要しましたが、何とか制圧しています。 そのことがきっかけとなって機関は全世界に公表されることになりました。同時にその存在意義と神人というものについて 情報を公開しました。そのおかげか、一時大パニックに陥った世界情勢が平静さを取り戻したことは先ほども話しましたよね」 古泉の説明で俺ははっと気がつく。 「おい、まさかハルヒのことも言ったんじゃないだろうな? まだあいつがやったと決まったわけじゃないってのに」 俺は思わず古泉の肩をつかんでしまう。万が一、そんな大惨事を引き起こしたのがハルヒだと公表すれば、 犠牲になった人々やあの白い怪物に恐怖した人々の恐れや憎しみを全てぶつけられることになるんだぞ。 古泉は俺の問いかけにしばらく黙ったままだったが、やがてすっと視線を落として、 「……言い訳に聞こえてしまうかもしれませんが、これだけは言っておきたい。僕は最後まで涼宮さんの名前を出すことに 反対し続けましたし、今でも間違った判断だと思っています。あなたの言うとおり、これは涼宮さんの起こしたものかどうか まだわかりません。しかし、機関の大半は涼宮さんが引き起こしたものであると断定していました。 それに次に言われた言葉はもっと僕を失望――そうですね、はっきりと言いますが失望させました」 古泉は両手を握り、そこに額を預け、 「こういったんです。一連の破壊行動に対して明確な責任を持った人が存在すると名言しなければ、世界は納得しない。 対処すべき原因を公表しなければ、人々は憶測を重ねて混乱するだけ。明確な『敵』が必要だと。 あ、ご安心ください。あなたの存在については伏せています。『鍵』の存在を公表すればあなたにかかるプレッシャーは 大変なものになるでしょうから」 寝たまま何もしていなかった俺のことなんざどうでもいい。問題はハルヒだ。なんだよそれは。 まるで仕方が無くハルヒに原因を押しつけただけじゃねえか。ひどすぎるだろ、いくらなんでも。 古泉は苦悶の表情を浮かべたまま、 「あなたの言うとおりです。しかし、僕はその時それ以上の反論ができませんでした。世界中規模で起きている政情不安、 略奪、紛争勃発を見てそれを収まらせるために他の良い案が浮かばなかった。そして、そのまま全世界に公表されます。 原因は涼宮ハルヒという日本人の一人の少女が引き起こし、彼女は現在北高の部室に閉じこもっていると。 彼女の存在をどうにかすれば、この異常事態は収まるとね」 「全部ハルヒのせいかよ……。いくら混乱を収まらせるためとは言え、あんまりじゃねえか……」 俺はがっくりと肩を落とす。と、ここで長門と朝比奈さんのことを思い出し、 「長門と朝比奈さんはどうしたんだ? 二人とも宇宙人・未来人であると公表したのか?」 「それはしていません。神人と機関はその力を間近に発揮したからこそ、受け入れられたんです。 実体も不明な宇宙人・未来人ですと言っても、胡散臭さが増すだけですから」 そりゃそうか。そのタイミングでそんなことを発表したらかえって信じてもらえなくなりそうだからな。ならその二人は? 「長門さんと朝比奈さんは現在行方不明です。二人ともSOS団の部室に向かっていったきり、何の音沙汰もありません。 僕だけは神人の対処に追われたため、涼宮さんの元へはいけませんでした。今では北高周辺は危険すぎて侵入できない状態です。 二人がどうなったのか、涼宮さんが今どうしているのかさっぱりわかりません」 ここで古泉はようやく顔を上げ、続ける。 「それから2年間、神人は現れなくなりましたが閉鎖空間の浸食は続いています。現実の世界が閉鎖空間のように 無機質な世界に作り替えられていっているんです。一番大きな発生ポイントは北高周辺を中心とした地域。 それ以外にも世界中のあらゆるところで虫食いのように発生し、すでに世界の三分の一が閉鎖空間に飲み込まれました。。 そこではどんな資源も採掘できず、食物も育たない不毛な世界で、そこに入った人間はひたすら消耗を続けやがて死に至る。 この地球上を全て覆い尽くせば人類滅亡は必死ですね。機関がもっとも恐れていた事態が現実に進行しているんですよ」 「もうスケールがでかすぎてついて行けなくなってきた……」 俺は疲労感から来るめまいに身体が揺すられる。突然閉鎖空間が発生し、全世界であの化け物が大暴れ。 しかも、それを全部ハルヒのせいにされ、問題が解決することなく地球滅亡のカウントダウンは続いている。 もうね、一体どうしろってんだと怒鳴り散らしたくなる気分さ。 と、古泉が急に俺の前に顔を突き出してきたかと思えば、 「ですが! 僕たちはようやく解決の糸口を見つけたのかもしれません。なぜならば、あなたがようやく目を覚ましたから。 この異常事態の発生は、あなたがあった事故による昏睡状態が原因だと言えます。ならば、あなたの目覚めにより 何らかの情勢が動く可能性が高い」 「俺が目を覚ましてから半日以上経つが、何か変わったのか?」 「いえ、何も」 「だめじゃねえか」 俺の失望の声に古泉は困った表情を浮かべて、 「あなたが起きた=即座に解決になるとまでは思っていません。しかし、あなたの存在は確かに閉鎖空間に影響を与えていることも 事実なのです。実はもともとあなたは日本の医療機関に入院していたんですが、より精密な検査を受けるために 欧州へ移動させようとしたことがあるんですよ。その時は肝を冷やしましたね。あなたが北高から離れれば離れるほど、 閉鎖空間拡大の速度が速まるんですから。あわてて日本国内に戻したほどです。ちなみに、今米海軍空母内に移転したのは、 それが理由でして。できるだけ涼宮さんのいる場所の近くにあなたを置くためには、即座に移動できて、 なおかつ医療設備や生活環境が維持できる場所が必要だったんです。それでもっとも適切な施設がこの空母だったと。 おかげで予定よりも人類滅亡までの時間が大幅に長くなりましたよ」 俺一人のために、こんなばかでかいものを動かしたのか。やれやれ。VIP待遇にもほどがある。 言っておくがあとで使用料を請求されても払えないからな。 「ご安心を。その辺りはきちんと国連内で処理しますから」 そんな俺の不安に古泉はインチキスマイルで答える。 「で、これからどうするつもりなんだ? ただ、ここで黙って見ているわけじゃないだろう?」 「まだ機関内で検討中ですが、やれることは一つしかないでしょう」 古泉は気色悪いウインクを俺にかまして、 「北高に乗り込むんです。機関の超能力者としての僕の力を使えば、閉鎖空間にも普段と変わらずに入れますからね」 ……どうやら、とんでもないことになっちまいそうだ。やれやれ。 ◇◇◇◇ 翌日オフクロたちが俺の見舞いに来た。ついでにミヨキチも来てくれたんだが、 我が妹とますます差が開いていることに驚きを隠せない。このまま大人になったら一体どんな超絶美人になるんだ? それに比べて我が妹の幼いこと。もう中学生になっているのに、俺が憶えている妹の姿と寸分の違いもないぞ。 一部の人たちには歓迎されるかもしれないが、そんな人気は兄として却下だ却下。 しかし、ヘリコプターで送迎とは豪華だね。全く家族そろって某国大統領にでもなった気分さ。 とりあえず、オフクロ達が無事だったことには安心した。俺の住んでいた町も神人にど派手に破壊されたようだったので その安否が気がかりで仕方なかったが、国の方が機関と連携し、素早く住民達を非難させていたようだ。 現在は被害のあった場所に住んでいた住民は政府の用意した指定地域に避難している。そのおかげといっては何だが、 妹も友人たちと離ればなれになることもなくそこそこ今まで通りの生活を送れているとか。 ただ、今済んでいる場所は仮設住宅みたいなものだから、近いうちに引っ越しも考えているらしい。 どのみち、長くは住めないようなところなのだろう。俺もとっとと帰って家のことについて手伝ってやりたかった。 ◇◇◇◇ その次の日、俺はようやく医療的束縛から解放されて自由の身となった。ただし、オフクロ達のいる場所への移動は認められず、 あくまでもこのナントカって言う空母の中だけの移動に限られてはいるが。古泉曰く、下手に出歩かれて、 また事故にでも遭ってしまえば取り返しがつかないんですよ、だそうだ。警戒しすぎじゃないかと思うし、 それだけの期待を俺みたいな凡人まるだし男にかけられていることに、いささかの違和感と窮屈感を憶える。 で、ようやく今後についての話し合いが始まったわけだが、 「さて、これからの予定についてですが、ようやく機関内で決定されたのであなたに伝えておこうと思います」 古泉の野郎にどこかの会議室に連れ込まれた俺に数枚の資料が渡された。他には森さん・新川さん・多丸兄弟と 機関おなじみの面々がそろっている。しかし、古泉は結構成長したように見えたが、この4人は全く変化がないな。 変な改造手術でも受けているんじゃないだろうな? 古泉が続ける。 「以前、あなたに話したように涼宮さんがいると思われる北高へ向かいます。 そして、そこの状況に応じて涼宮さんを解放し、事態の解決を図るというものです」 「おいおい、肝心な部分が曖昧すぎるんじゃないか?」 俺の指摘に、古泉は困ったように頬を書きながら、 「その辺りはご勘弁を。現在、北高周辺が一体どうなっているのかさっぱりわからない状況なんですから。 ついてからは全てあなたにお任せしますよ。それこそ、以前にあの世界から戻ってきた方法を使って貰ってもかまいません」 だから、それを思い出させるなと言っているだろうが。 そんな俺の抗議に構わず古泉は話を続ける。 「僕たちはまず北高から100km離れた地点までヘリコプターで移動し、そこから目的に向かってひたすら歩きます。 予定では一週間程度かけて中心地点である北高に到達できると予想しています」 「100kmって……どうして一気に北高に行かないんだ? いくらなんでもそんな距離を歩く自信はないぞ」 古泉はすっと森さんの方に手をさしのべると、ぱっと会議室の明かりが落ち、正面のモニターが映される。 そこには北高を中心としてとして大きな赤い円が描かれている地図があった。 円の中には何重にも円が重ねられ、円とその中の円の間に、%を表す数値が書き込まれている。 ここからは古泉に変わって森さんが説明を引き継ぐ。 「この高校を中心に大規模な閉鎖空間が広がっています。大体半径100km前後の距離ですね。 この中には古泉のような能力がなくても侵入可能ですが、著しく体力・精神的に消耗することが確認されています。 そのため、機関のサポート無しでは長時間の作戦行動を取ることは不可能でしょう」 「その何重に描かれている円は何ですか?」 俺が地図に向かって指さすと、森さんは指し棒を持ちだし、円の部分を指しながら、 「閉鎖空間といっても地域によってその危険度が違っていて、警戒度別に円を引いています。 今まで機関のサポートの元、何度も特殊任務として閉鎖空間に侵入していますが、この%は生還率を示したものです。 基本的に円の中心に近づくごとに危険度が高いことがわかっています」 「ってことは、古泉みたいな連中はもう何人もやられてしまっているって事か?」 「その通りです。僕の同志もすでに3人失いました。しかし、彼らの尊い犠牲によりこれだけの情報が得られています」 悲しげな声で古泉が答える。古泉たちも相当な負担を強いられているって事か。ん、ちょっと待った。 「さっき森さんは中心に近づくほど危険といったが、一番外側の部分の生還率がその内側よりも低いのは何でだ? ゲームチックに第一関門が用意されているってわけでもないだろ?」 「これはいろいろと原因がありましてね……」 古泉がリモコンらしきものを押すと、映像が切り替わる。そこに映し出されたのはどこかの戦争映画のワンシーンみたいに 戦車やら飛行機やらがたくさん並び移動している光景だった。 「今から8週間前に、一向に事態が進展しないことに業を煮やした国連安保理はついに武力行動の決議を出しました。 規模は世界大戦勃発といえるほどのものです。国連軍10万人近い兵士が出撃し、一路北高に向けて進撃を開始しました。 当初の予想では、最初は抵抗も緩く、中心部に近づくにすれて激しくなると考えていましたが、 完全に予想を覆されます。閉鎖空間に侵入したと同時に正体不明の攻撃が国連軍に襲いかかりました。 突然、兵器という兵器が崩壊し兵士達はバタバタと倒れていく。いかに最新兵器で武装しても戦っている相手が 何なのかわからない状態では反撃のしようもありません。結局、損害だけが積み重なり、敗走することになりました。 その時の結果がこの生還率に反映されてしまっているんです。このときの戦いで機関の超能力者一人失いました」 苦渋の表情を浮かべる古泉。相手は神人みたいな常識はずれな奴らだ。現実に存在している軍隊じゃ歯が立たないだろうよ。 誰か止めればよかったんだと憤る自分がいるお一方で、こんな無謀な強硬策をとるしかないほどまでに もう他に打つ手が無くなっているんだろうと理解してしまう自分もいる。 と、無謀な強硬策でちょっとしたことをひらめき、冗談めいた口調で、 「そんなにせっぱ詰まっているんじゃ、その内ミサイル――いかも核ミサイルとかが撃ち込まれたりするんじゃないか?」 「それはとっくに実施済みです」 ……おい古泉さん。俺は冗談のつもりで言ったんだが、まじめに返すなよ。さすがにそのジョークは笑えないぞ。 だが、古泉は首を振って、 「残念ながらジョークではないんですよ。某国が独断で核ミサイルを発射しまして」 そんなバカなことをやった国があるのか。あきれてものも言えん。しかし、その割には北高周辺は無事のようだがどういう事だ? 「それがですね。ミサイルは正確に北高に落ちたように見えたんですが、次の瞬間、まるでビデオの巻き戻しをしているかのように 北高に飛んできたのと全く同じ軌道で、某国のミサイル発射基地に直撃したんですよ。まるで途中でUターンしたみたいに」 「なんだそりゃ。あの閉鎖空間の主はドクター中松だったのか?」 俺の言葉に古泉は苦笑するばかりだ。 森さんはぱんと一つ手を叩くと、話を進めましょうと言い、 「わたしたちは最後の希望と言っても過言ではありません。そのため、少しでも危険のある地域には徒歩で入ります。 ヘリコプターでは撃墜されてしまえば、助かる見込みはほぼありませんので。同理由により車輌などもしようしない予定です」 死ぬ可能性を少しでも下げるために、みんなでハイキングか。全くここは戦場か? 森さんは国連軍基地とするされている位置を指し、 「そのため、まず航空機でここまで移動し、さらにそこからヘリコプターで閉鎖空間との境界線ぎりぎりまで移動し、 そこから徒歩で閉鎖空間内に侵入します。あとは一直線に目的地までに進むのみになります」 そこからでもかなりの距離になる。森さん達みたいなエキスパートならさておき、俺みたいな一般高校生が 歩いていけるのか? しかも、正体不明の敵の攻撃をかわしながらだ。 古泉はくくっと苦笑すると、 「あなたの体力は一般的な高校生以上のものですよ。あれだけ涼宮さんに引っ張り回されていたんです。 一年で動いた運動量は運動部ほどとは言えませんが、それなりの量になっているはずですよ。僕が保証します」 「だがよ、そんな毛の生えた程度じゃ明らかに足手まといになるだろ」 「確かにそれも事実です。だから、そのための訓練を受けて貰います。あなたの友人達と協力してね」 古泉が俺の視線を促すように、首を動かした。俺が振り返ってみると、そこには谷口と国木田の面影を持つ人物が居た。 古泉と同じように成長しただけで本人なんだろうが。 「よぉ、キョン」 「ひさしぶりだね、キョン」 二人の声と口調は俺が知っているものと全く変わっていなかった。どこまでも軽い谷口とどこか丁寧な印象を受ける国木田。 二人とも見慣れた北高の制服だったが、何でこの二人がここにいる? 「ずっと前からあなたが目覚めたときのために準備していたんですよ。できるだけあなたに近い人間を集めて、 そして、あなたとともに涼宮さんの居るところへ向かう。今のところ、それが唯一閉鎖空間に障害なく侵入できるはずです。 あの閉鎖空間を作り出したのは涼宮さんであるかどうかわからないですが、そこに涼宮さんがいることは確かです。 ならば少しでも彼女に近い人間であれば、少なくとも涼宮さんは僕たちを受け入れてくれる。 拒絶する理由なんて無いはずですから。とくに事故の後遺症から立ち直ったあなたをね」 古泉の言葉に、俺はようやくこのばかげた現状を受け入れる気分になった。そして、同時に決意もできた。 やれやれ、行くか。ハルヒのいるあのSOS団の部室へ。 ◇◇◇◇ 翌日から俺の訓練が始まった。主に谷口と国木田が指導してくれた。二人とも結構しごかれているみたいで 以前とは別人のように強靱な肉体ぶりを見せつけてきやがる。 「ほら情けねえぞ、キョン! このくらいの壁、とっととのぼっちまえよ!」 「無茶を言うな! まだ病み上がりなんだぞ、俺は!」 鬼教官、谷口のしごき毎日だ。一方の国木田はそんな俺たちを生暖かく見守るだけ。少しはこのアホをセーブしてくれよ。 訓練は一ヶ月間、この空母内に特設された場所で行われている。とは言っても、一ヶ月で劇的に体力がつくわけもなく、 ならこの訓練の意味は何だと古泉に確認したところ、体力をつけるのではなく、いかに体力を使わずに効率よく動けるかを 身体に憶えこませるためとのこと。おまけに、銃の扱いや手榴弾の使い方、軽傷ぐらいなら自分で直せる程度の医療知識まで 頭の中に押し込めてくるんだからたまらん。全く傷病兵や病人まで戦場につぎ込む羽目になった戦争末期のドイツじゃあるまいし こんな突貫訓練で大丈夫なのか俺は? ちなみにそういった軍事知識まで詰め込まれるのは、そういった対応方法が 必要になった事例が多他にあるからだそうだ。気分は戦争だね、もう。 結局、そんな調子で一ヶ月間散々絞り上げられる羽目になった…… ◇◇◇◇ いよいよ作戦実行の前日。俺は今までの疲れを癒すための全日休暇を満喫していた。 まずオフクロ達に今後の予定について話したわけだが、危険地帯に行くといったとたんに妹含めて泣いて泣いて こっちが涙ぐんでしまったぐらいだ。ただ、それでも行くなと引き留めなかったのは、現状を理解しているからだろう。 物わかりの家族で本当に助かる。 その日の夜、俺はせっかくだからと水平線の上に浮かぶ満月の鑑賞を満喫していた。 周辺に繁華街とかがあるおかげで、俺の自宅――元自宅からはいまいちぼやけ気味に見えていた月だったが、 辺り一面が真っ暗で障害物も何もない満月は、この世のものとは思えないほどに美しかった。 願わくば、もう一度これが見れればいいと本気で思うよ。 「よっ、キョン。なに黄昏れているんだ?」 せっかく人がしみじみとした気分を味わっているってのに、無粋な声をかけてきたのは谷口の野郎である。 「なんだよ、せっかくの満月がお前のアホ声で色あせちまったぞ」 「……ひでぇことを平然といいやがるなぁ。でも……確かにきれいだな。みとれちまう気持ちはわかるぜ」 そう言って谷口も空に浮かぶ満月を眺める。 と、俺はずっと機構としていたことを思い出し、 「なあ谷口、一つ聞いておきたいんだが」 「なんだよ?」 「……何で古泉からの要請を受け入れたんだ? こういっちゃなんだが、イマイチお前らしくないと思って仕方がないんだが」 俺の言葉に谷口ははぁ~とため息を吐いて、 「キョンよー。おまえは俺をそんなにへたれと認識していたのか?」 「違うのか?」 「……おまえな」 あっさりと断言する俺に、谷口は口をとがらせる。まあ、そんなことよりもどうしてやる気になったんだ? 谷口は俺の方にぐっと手を突き出し、親指を立てる仕草をすると、 「世界平和のために決まっているだろ! そして、救世主となってみんなから尊敬のまなざしを向けられ、 女の子にもモテてウハウハっていう素晴らしき未来が俺を待っているのさ!」 「…………」 あきれて開いた口がふさがらない。やっぱり谷口は谷口か。そっちの方が安心できるけどな。 が、谷口はすぐにそんないつものTANIGUCHI印のアホテンションを引っ込めると、 「冗談だよ。理由はこれさ」 そう言ってポケットから一枚の写真を指しだしてきた。それにはお下げでめがねのかわいらしい少女が写っている。 歳は俺と――谷口よりも少し年下ぐらいか? 清楚な感じが好印象だが、俺に紹介でもしてくれるのか? 「お前のは涼宮がいるだろ?」 何でそこでハルヒの名前が出てくるんだ。言うなら俺の癒しのエンジェル、朝比奈さんだろうが。 そんな俺の抗議に谷口はハイハイと流して、 「聞いて驚け。この写真の女の子は俺の彼女さ!」 「なにィっ!?」 その大胆発言には俺もびっくり仰天で満月までジャンプしそうになる。以前に付き合っていた奴とはあっさり破局したってのに すぐにこんな可憐な女性を手に入れていたとは。くそー、俺がのんきに寝ている間に先を越されちまった。 「あの化けモンが暴れ回って街に住めなくなっただろ? その後、避難キャンプに移ったんだが、そこで知り合ったのさ。 きっかけは炊き出しの手伝いだったんだが、俺の献身的な働きに彼女が一目惚れしてしまってな」 絶対に、おまえが彼女の献身的な働きに一目惚れしたんだろ。 「そのまま意気投合って状態だ。もう意思の疎通もバッチリだぜ! 絶対に手放したくねえ。だから――」 谷口はすっとその写真に目を落とすと、 「……守ってやりたいんだよ。彼女をさ。そのためにはあの灰色の空間をなんとかしなけりゃならん。 だから、あのいけすかねえ美形野郎の申し出を受けたのさ。お前相手だから言っちまうが、この混乱状態が収まったら 結婚しようと約束しているんだ。平和な新婚生活を送るためにも何としてでも世界を正常にしなけりゃならねぇ」 「そうか……」 何だかんだですっかり男らしくなっている谷口だ。全く……守るべき人間がいるってのは、 あのアホをここまで変えてしまうのかね? 「で、キョンはどうして行く気になったんだ?」 今度は谷口は同様の質問を俺にぶつけてきた。俺はしばらく答えに困りつつも、 「世界崩壊の危機で、しかも全人類が俺に期待しているんじゃやらないわけにいかないだろ?」 「あのな、キョン。これから生死を共にする仲なんだぞ。こんなときぐらい素直に本音を言っても良いだろ?」 俺は痛いところをつかれて、ぐっと声を上げてしまう。やれやれ、今の谷口には建前は通じないみたいだな。 「……二つある。まず一つはSOS団の日常を取り戻したい。ハルヒもそうだが、長門も朝比奈さんも取り戻して、 またバカみたいに楽しい日々を送りたいのさ。外側にいた連中にはわからんだろうが、俺はすごく幸せ者だったんだよ。 無くして――本当に無くして今それを実感している」 そして、もう一つ。これが最大の理由…… 「ハルヒの無実を証明してやりたい。どんなにぶっとんだ発想と行動力を持っていても、あいつはこんな世界滅亡なんて 心から願うはずがないんだ。きっと何かおかしなことが起きている。俺はそれを見つけ出したい」 「……そうか。なら大丈夫そうだな。中途半端な理由じゃなさそうだし……あ」 と、ここで谷口が何かを思い出したように手を叩き、 「わりい! お前に用事があったのをすっかり忘れていたぜ!」 おいおい、本当に今更だな。 谷口はすまんすまんと手をひらひらさせつつ、 「お前に用があるっていう奴が来ているぞ。しかもとびっきり魅力的な女性だ」 そう谷口はうひひと嫌らしい笑い声を上げて去っていった。女性? 今更俺に会おうとするなんてどこのどいつだ? ◇◇◇◇ 「やあ、キョン久しぶり」 「……なんだ佐々木か」 俺の前に現れたのは、古泉と同じように+2年された佐々木の姿だ。こちらもすっかり女っぽさに磨きがかかっているな。 「なんだとはずいぶんな言い方だね。これでも結構心配したんだよ」 いやすまん。全く予想していなかったんでな。少々面食らってしまったんだ。 「まったく……前から思っていたがキミは結構薄情なところがあると思うんだ。 高校に進学してからというもの、全く音沙汰が無くなり、ようやく連絡が来たかと思えば、 年賀状という文面のみで受け取り側にその意味合いを依存するような意思の伝達方法を採用しているんだから。 そして、今度は事故の後遺症から目覚めて一ヶ月だというのに全く連絡をよこさない。正直、君の出発が明日と聞いて 突然地動説を主張された宗教学者達みたいに驚いてしまったよ。会いたいならヘリを手配してくれると言うんで、 そのご厚意に甘えさせて貰ってここまで来た次第だ」 「本当にすまん。そっちの方まで頭が回らなかったんだ……ん? その話は誰から聞いたんだ?」 「キミの家の方に電話した際に教えてくれたよ。向こうとしてはいろいろと……いや、止めておこうか。 すでにキョンはご家族の方と話を終えているようだからね。今更蒸し返すのは、国際的歴史問題をいつまでも引きずっていることと 同じ愚行だろうから」 そう佐々木は空母の壁にすっと背中を預ける。しかし、月明かりに照らされるその姿は見れば見るほど大人っぽくなっているな。 古泉が以前非常に魅力的だと表現していたが、2年眠った後でようやく実感できる俺の美的センサーにも問題があるぞ。 そのまま二人の間に沈黙が流れる。 どのくらい経っただろうか。やがて佐々木が口を開く。 「キョン、行くなとは言わない。だが、聞かせて欲しい」 ――佐々木は俺の方に目を合わせずに―― 「……本気でキミは、本心から望んであそこに行きたいのか?」 佐々木の口調はいつもと変わらないはずだった。だが、それはまるで俺の内部に突き刺すように問いつめている言葉に聞こえた。 俺はしばらくどう答えようか迷っていたが、ま、正直言うしかないだろ。こんなシチュエーションじゃな。 「ああ、行きたいと思っている。誰からも強制されているわけではないぞ。120%俺の確固たる意志だ」 正真正銘の本音。2年あまりの眠りから目覚めた時は正直余りぴんと来なかった。 しかし、この一ヶ月間で集めた情報やオフクロ達から聞かされた話。谷口と国木田が遭遇した体験だ。 それらを聞く内に、俺の意志が固められていった。無論、世界を救う救世主という役割なんかよりも、 あのSOS団としての日々を取り戻したいと言うことと、ハルヒの無実を証明したいという気持ちを、だ。 気がつけば佐々木は俺の方をじっと見ていた。まるで俺の全身を品定めするかのように見ていたが、 やがて軽くため息を吐くと、 「そうかい。わかった。キミの意思ははっきりと確認させて貰ったよ。ありがとう。 では、おじゃまものはそろそろ引き上げようかね」 「何だよ。それだけを確認したかったなら電話でも十分だったんじゃないか?」 俺の指摘に佐々木はやれやれと首を振って、 「あのね、キョン。人間ってのは声だけで判断できるような安っぽい作りはしていないんだよ。 宗教にさして興味はないが、本当に神が人間を創造したって言うなら、神様というのは実に陰険で神経質だったと思うね。 キョンの声だけ聞いても判断できないから――声帯を振るわした生声を直接鼓膜に当てて、全身の身振りを確認した上で その意思を確認したかったのさ。わがままとか欲張りといって貰っても結構。せっかくのご厚意だ。とことん甘えさせて貰ったさ」 それで佐々木が満足だって言うなら、別に俺はこれ以上どうこう言うつもりはねえよ。 しかし、せっかく来たって言うのに滞在時間数十分では遠出してきた意味が無いじゃないか。 「そうだ。ここから見える月はすごくきれいなんだ。せっかくだから堪能して行けよ。こんなチャンスは滅多にないんだからな」 「キョン。キミって奴は本当に……」 佐々木の声に少しいらだちが入ったことに気がつく。 「良いか、キョン。人間ってのはやっかいな精神構造をしているもので、たまに間違いを犯すんだ。 それが正解だと思ってやってみたら間違いだったというのはまだいい。しかし、問題なのは間違いとわかっているのに、 それを犯さなければ気が済まないという感情が発生することがあるんだ」 言っていることがよくわからないんだが…… 佐々木は困惑する俺に構わず続ける。 「……そうだな。確かにキミの言うとおりこのまま帰るだけじゃ、後悔するだけかもしれない。 ならば、これはキョンからのご厚意として受け取らせてもらうよ。最初に謝っておく。ちょっと間違いを犯すが許して欲しい」 ――佐々木は一呼吸置いてから―― 「僕はね、キョン。ふとこんな事を考えてしまうんだ。キミと一緒にエアーズロックの一番高いところで、 沈んでいく夕日の如く終わる世界をただ眺めているってのも悪くないんじゃないかってね」 おいそんな人灰を巻かれてしまうような場所で、俺は若い内に人生の終わりを迎えたいとは思わないぞ。 縁起でもないことは言わないでくれ。 俺の反応に、まるでそれを楽しんでいたかのように佐々木はくくっと笑うと、 「そうだろうね。済まない。少し冗談が過ぎたようだ。許してくれたまえ」 そう言うと佐々木はくるりと俺に背を向けて、 「さて、そろそろ本当に帰らせてもらうよ。これでも大学生の身でね。高校時代に頭の中に押し込まれた鬱屈した気分を 解放するので大変なんだ。あとは周りの人たちに対する対応もしないとね。それに――何よりもこれ以上間違えるつもりもない」 そう言ってさっさと俺の前から立ち去ろうとする。 正直、ここで引き留めるのも何だか気が引けたが、どうしても言っておきたいことがあった。 「佐々木」 俺の問いかけに、振り向きはしないものの足を止める佐々木。俺は続ける。 「せっかくだ。世界が正常になったらSOS団に入ってみないか? おまえとはちょうど話が合う奴もいるし、 団長様も――こればっかりは話してみないとわからないが、多分OKしてくれるんじゃないかと思う。 いい加減SOS団にも新しい風も必要な頃合いだ」 佐々木は俺の言葉をただ黙って聞いていただけだったが、やがて振り返ることなく答える。 「……そうだね。せっかくのお誘いだ。でもいきなりっていうのも難しいから体験入団という形にとどめて欲しいな」 「それでもいいさ。あとは佐々木が判断すればいい」 これにて俺の話は終了。あとは佐々木の見送りでお別れだ……ったが、佐々木は足を止めたまま動かない。 そして、大げさにため息を一つついてから、腕を上げて指を一つということを表すかのよう人差し指を上げ、 「帰る気になっていたのに、それを呼び止めたことへの報いだ。もう一つだけ。間違えさせてもらうよ。 キョン、キミに言いたかったことは、それはキミがグースカ眠りこけている間に言わせてもらったよ。 その様子じゃ、きっと憶えていないんだろうけど、この場でもう一度言おうという気持ちにはどうしてもなれないんだ。 おっと卑怯者とか言わないでくれ。別に教えたくない訳じゃない。ただ、この場ではどうしても言う気になれないってことさ。 じゃあ、いつ言うのか、という質問をしたくなるだろ? それはキミが帰ってきてからと答えよう。だから――」 そこで佐々木はすっと振り返り、軽い感じで俺の方を指差す。 その時見せた佐々木の表情、全身を見たとたん、俺はかつて無いほどに佐々木の魅力を見せつけられたと思った。 いつか見せてもらった朝比奈さん(大)の表情にも負けないほどの魅力。 「僕のかけがえのない親友に対する要望だ。必ず帰ってきてくれ」 ◇◇◇◇ 佐々木を見送った翌日。ついに俺の出撃の日がやってきた。目標は――北高。 俺は甲板から飛び上がる白いヘリコプター――シーホークって名前らしい――の中で緊張しきっていた。 これから行く場所は見慣れた街のはずだ。だが、あの記憶に残る灰色の空間の中に、それも命を狙われることは確実とされる世界に 足を踏み入れようとしているんだから、緊張ぐらいは許してくれ。おお、懐かしきマイタウンよ。 空母から飛び立って数十分。この時には緊張感なんてすっかり無くなっていた。なぜなら、 「ヘリコプターって結構揺れるんだな……うぷっ」 「エチケット袋なら完備していますよ。遠慮なさらずにどうぞ」 他の面々はまるで平気そうだ。ちくしょう、こんなに揺れるなら酔い止めを飲んでくれば良かった。 さて、ここらでメンバーを確認しておこうか。 まず部隊長に森さん。あの何でもこなしてしまいそうなプロフェッショナルな女性である。 次に副隊長に新川さん。こっちも森さんに負けず劣らずプロの空気をビンビン醸し出している。 あとは、多丸兄弟・古泉・谷口・国木田、そして俺の総勢7名の部隊だ。人数の面で少々頼りなさを感じてしまうが、 以前の10万人大侵攻で何もできずに逃げ出す羽目になったことを考えると、多ければいいってもんじゃないと思っておく。 そして、全員迷彩服を着込み、手には自動小銃やら機関銃が握られている。 俺たちは閉鎖空間近くに作られている国連軍基地へいったん降りて、そこから別のヘリで閉鎖空間の目の前まで移動する。 あとは俺たちが100kmに及ぶ道のりを行進しながら北高に向かうわけだ。やれやれ。 それから数十分後、古泉がヘリの外を指差し、 「見えてきましたよ。あれが閉鎖空間です」 はっきりいってゲロゲロな俺はそんなものを見る余裕もなかったんだが、これから向かう場所ぐらい見ておくべきだと 気合いを入れて外を見回す―― 「……こりゃぁ――すごい――」 その瞬間、俺の酔いはどこかにすっ飛んでいってしまった。透き通るような青空に、そして、その下に存在する海と陸。 ちょうどその中間に位置するかのように黒いドーム上の空間が存在している。 視界にはいるだけで強烈な拒絶感を感じるところを見ると、あの中にいる奴はあの領域に誰一人として入れたくないようだ。 よっぽど人間不審な奴がいるみたいだな。 俺はしばらくその光景を睨んでいたが、やがてヘリが緩やかに降下を始める。 「もうすぐ、国連軍基地に到着します。着陸に備えてください」 森さんの声とともに、俺は閉鎖空間の観察はいったん中止して着陸態勢を整え始めた。 ◇◇◇◇ 国連軍基地に到着後、次のヘリに乗り換えるまでしばしの休息を得ることができた。 到着後、俺が真っ先に言ったのは酔い止めの薬の確保である。またヘリに乗って移動する以上、 閉鎖空間に酔っぱらって侵入するのでは格好が付かない。 何とか酔い止め薬をゲットして、胃を落ち着かせることに成功。それでももうしばらく時間があったので、 国連軍基地内を散策することにした。地方の空港を接収して再利用しているらしく、空軍基地としても活用しているみたいで、 たまにやかましい音を立てて戦闘機やら偵察機やらが離発着している。事実上の前線って事で、 かなり基地内にいる人間はピリピリと緊張感をあからさまにしていた。古泉の話では、閉鎖空間の拡大に伴って 近日中に撤収し、数百キロ離れた場所へ移設する予定だそうだ。確かにここから閉鎖空間までは15kmぐらいしかない。 あと数ヶ月で飲み込まれることになるだろう。もちろん、基地周辺にある民家も全てだ。 「ん?」 国連軍指揮所の建物の壁にやる気なさそうに寄りかかっている人物が目にとまった。 どこかで見たことがあると目をこらして確認した結果、はっきり言ってそのまま無視しておこうかとても迷うような 人物であることが判明した。とはいっても、あの野郎がいる以上、何らかの目的があることは明白であり、 そいつを問いただしておかなければ、後々面倒なことになるかもしれないので、 「おい、こんなところでなにやってんだ」 そこにいたのはあのいけ好かない否定後連発の未来人――自称:藤原だった。退屈そうに空を黒々と浸食している 閉鎖空間を眺めている。 その未来人野郎はちらりと俺の方に視線を向けると、 「ふん、やっと来たみたいだな。いつまで待たせれば気が済むんだ?」 ……敵意むき出しの発言に、やっぱ話しかけなけりゃよかったと後悔する。 あまり長い間話すと別の意味で俺の胃がムカムカしてきそうだったので、とっとと本題をぶつけることにする。 「で、こんなところでなにをやっているんだ? まさかとは思うが、俺たちに協力しようってんじゃないだろうな?」 「自分たちにそれだけの価値があると思っている時点で、傲慢に値すると評価してやるよ」 ますますむかつく野郎だ。ここまで挑発的な物言いばかり沸いてくるなんて、さぞかしゆがんだ環境で育ったんだろうよ。 藤原はまた閉鎖空間の方を見つめると、 「僕はただ見に来ただけだ。この事態の行く末を見る。それが今の僕の仕事だ。介入するつもりはない」 ああ、そうかい。それなら好きにすればいいさ。じゃあな。 俺はとっとと未来人野郎の前から立ち去ろうとする。が、一つだけ確認すべき事を思い出し、 「朝比奈さん――ああ、成長したでっかい方の朝比奈さんだ。あの人は今どうしているんだ? やっぱりお前と同じようにただ事態を見守っているだけなのか?」 俺の問いかけに、藤原はしばらくきょとんとしていたが、やがて苦笑するような笑みを浮かべ、 「あんたの思考能力の薄さには敬意を表したいよ。少しは考えてみればどうだ? あんたと一緒にいた小さい方の朝比奈みくるが 消失しているんだぞ? だったら、あんたのいうでっかいほうの存在がどうなっているのかすぐに答えが出るだろ?」 俺は――俺はしばらくその意味がわからなかった。だが、何度か未来人野郎の言葉を脳内リピートしてようやく気がつく。 この時代の朝比奈さん(小)は消えたままだ。そうなれば当然朝比奈さん(大)の存在も消える。 つまり、今起きている事態は朝比奈さん(大)にとって規定事項ではない、明らかな想定外の状況であるということ。 なんてこった。事態は俺が考えている以上にひどいのかもしれない。少なくともこのままでは確実に世界が崩壊し、 未来にも影響を与えている。どうにかしなくては…… 「おおーいキョンー! もうすぐ出発だよー! 早くこっちに集合してー!」 唐突に耳に入る声。見れば国木田が手を振って俺を呼んでいる。いつの間にやら出発時間を過ぎてしまっているらしい。 俺は焦りに似た気持ちを引きずりながら、出発場所へと走った。 ◇◇◇◇ 俺たちを乗せたヘリが飛び立つ。今度はさっきのヘリの黒いバージョンだ。そのまんま、ブラックホークというらしい。 どのみち、あと10分以内で降りるんだから憶える必要もないだろうが。 ヘリは山岳地帯の森の上をなめるように跳び続ける。辺りは快晴。雲一つ無い。こんな日に戦争か。 やれやれ、やりきれない気持ちでいっぱいだな。 酔い止めの薬の効果は偉大なようで、国連軍基地に来るまでに味わされた車酔い――じゃないヘリコプター酔いも起きずに それなりに快適に外の様子を眺めることができた。相変わらずの威圧感の強い閉鎖空間の黒い領域が目の前に迫るたびに その迫力で身震いさせられる。もうすぐあそこの中に突入するんだな。 気分を変えようと、下に広がる下界の様子を見回す。森の間に畑が広がっているのが目に入ったが、 同時に農作業に従事する人たちや、作業用の軽トラックが走っていくのも見えた。なにやってんだ? もう閉鎖空間は目の前に来ているって言うのに、早く逃げろよ。 俺は国木田を捕まえて、 「おい、何で逃げていない人がいるんだ? 時機にこの辺りも閉鎖空間に飲み込まれるんだろ?」 「確かにそうだけど、それでも避難を拒否する人たちって結構いるみたいなんだ。何でも自分の生まれ育った土地を 離れたくないんだって。どうせ死ぬなら、そこで一生を終えたいっていうインタビューをテレビで見たよ」 郷土愛って奴だろうか。確かに生まれ故郷を離れたくない気持ちはわかるが……死んでしまったらどうにもならねえだろうが。 俺はやりきれない気持ちを胸に、ただその過ぎ去ってゆく光景を眺めることしかできなかった。 ◇◇◇◇ 国連軍の最前線基地に降り立った俺たちの頭上を、ヘリがバタバタと飛び去っていく。 閉鎖空間から一キロ。まさに敵地と接した最前線だ。先ほどの国連軍基地とは桁違いの緊迫感に包まれていることが 手に取るようにわかった。ただ、すでに撤収命令が下っているようで俺たちを送り出した後、この基地は即時閉鎖されるとのこと。 無理もない。目の前には襲いかかる津波のように閉鎖空間の黒い領域が広がっているんだからな。 ちょっと目を離したすきに俺たちに襲いかかってくるんじゃないかと不安になる。 しばらくすると、森さんが手続きを終えたようで指揮所から出てくる。 「準備できました。これから目的地に向けて移動を開始します」 「さあ、出発しますぞ。まだ閉鎖空間の外ですが警戒を怠らないようにお願いしますな」 新川さんも森さんに続いて歩き出す。それに続いて他のメンバーも歩き始めた。 ずんずんと俺たちが歩くたびに近づいてくる黒い空間。実際には俺たちの方が近づいているんだが、 立場がひっくり返されるほどの威圧感だ。本当に入って大丈夫なのか? 「大丈夫ですよ。今までも何度もやっていますから問題ありません。ここで閉鎖空間内に入ったことがないのは あなただけです。他のみなさんは全て経験済みというわけです」 見れば谷口が得意げに親指を立てている。国木田もひょうひょうとした表情でうなずいていた。やれやれ。 じゃあ、経験者のみなさんを信じて勢いよくあの灰色空間に飛び込みますか。 数分後、ついに閉鎖空間から数メートルの位置に俺たちは立った。数歩先は未知の世界となる。 そういや、古泉の力を使わなくても、入れるらしいが…… 「ええ、その通りです。ちょっと試してみますか?」 イタズラっぽく言ってくる古泉に俺は即座にNOのサインを返した。そんな火山の噴火口に素っ裸で飛び込むようなマネは したくないね。これから100kmのウォークラリーが始まるならなおさら無駄な体力を使いたくない。 「冗談はここまでです。さあ……では行きましょうか。みなさん、僕の手に捕まってください」 古泉の指示通り、俺たちは一斉にその腕を手に取る。一人の人間に一斉にとりついている光景は端から見れば すごく異様な光景なんだろうなと余計なことを考えている間に、 ――特になにも感じずに俺たちは閉鎖空間の中に足を踏み入れた。古泉の方に見ると、もう話しても良いというサインを 返してきたので、俺は古泉から離れてみる。 特になにも感じない。心身ともに閉鎖空間侵入前と変わっていないようだ。ほっ、とりあえず第一歩は完了だな。 俺の視界にはあの薄暗く灰色の世界が続いていた。以前に見たあの閉鎖空間と全く同じものであることがすぐにわかった。 しかし、何度入ってもこの鬱屈した空気になれることはないだろう。 「さあ、ぐずぐずしていられません。前に進みましょう」 そう森さんの合図が飛び、俺たちは目的地に向かって歩き出し―― ――キョン―― 一瞬、本当に一瞬だがはっきりと聞こえた。ハルヒの声だ。間違いない。 俺は立ち止まって、また聞こえないか耳を澄ませる。しかし、それ以上ハルヒの声が聞こえてくることはなかった。 「どうかしましたか?」 様子がおかしいことに気がついたのか、古泉が俺のそばによってくる。その表情を見る限り、どうやらこいつの耳には ハルヒの声は届いていないらしい。 「ハルヒの声がしたんだ。空耳じゃない。確かにあいつの声だ。やっぱりこの中にいるんだ……」 「……行きましょう。まだ先は長いんです。立ち止まっている余裕はありません」 そう古泉に背中を押されるように、俺は歩き出した。 ハルヒ。やっぱりこの中にいるんだな。そうなれば、長門と朝比奈さんもきっといるはずだ。 待っていろよ。すぐにこんな薄暗い世界から出してやるから。 ~~その2へ~~
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「あたしも、混ぜてよ。」 昼休み、部室で緊急会合を開いていた俺達の前に、ハルヒが現れた。 ハルヒの顔にいつもの無邪気な笑みは無く、静かに不敵な笑みを浮かべている。 おいおいハルヒ、それはどちらかというと古泉の笑い方だ。お前にそんな笑いは似合わねぇよ。 「いっつもそうやって、あたしを除け者にして面白いことしてたってワケね。」 「なんで朝比奈さんの未来を消した。」 「だって、未来があったらみくるちゃんいつか帰っちゃうじゃない。」 ハルヒはしれっと言ってのけた。そうだ、ハルヒは俺以外の三人の正体についても理解している。 朝比奈さんはいつか未来に帰ってしまうってことも。 でもだからってこれは……ねぇよ。 「涼宮さん、お願いします!未来を返してください!」 「ダーメよ。みくるちゃんは大事なSOS団のマスコットなんだから!未来に帰るなんて許さないわよ! でもみくるちゃんの未来人設定ってのはおいしいから、無くすのはもったいないじゃない? だから、帰る場所の方を消したのよ。」 「そんなの……そんなのあんまりですぅ!」 「嬉しくないの?これでもう未来に縛られることなく、ず~っとこの時代にいられるのよ?」 「涼宮さん、落ちついてください。向こうには朝比奈さんの両親もいるのです。 それを消してしまうのは、いささかやり過ぎかと。」 ハルヒと朝比奈さんの口論に古泉が割って入った。だがハルヒはまったく動じることは無い。 「そんなの関係ないわ。みくるちゃんの居場所はここしか無いはずよ。 あ、それと古泉くん、今までご苦労様。ずっとあたしのご機嫌取りしてくれてたんでしょ? でももうそんなことしなくていいわよ、あたしはもう閉鎖空間をコントロールできる。 自分のストレスぐらい自分で処理するわ。もうあたしのイエスマンを演じなくて済む。嬉しいでしょ?」 「……お言葉ですが涼宮さん、僕は別に自分を偽ってなど……」 「はいはいそれもあたしのご機嫌を取るための演技でしょ? ……有希もそうよね?あたしの監視のために仕方なくここにいるのよね。」 「違う。私がここにいるのは私自身の意思。」 「でもいいわ。いざとなったら全員留年させ……いえ、ずっと時間をループさせ続けるのもいいかもね! 去年の夏休みの時みたいに!我ながら名案だわ!そうすればずっとSOS団は不滅になるし!」 SOS団のメンバーに次々と絡んでいくハルヒを、俺は冷静な目で見ていた。 これでも一年間、ハルヒのことを見ていたんだ。 今ハルヒがどんなことを思っているか、なんとなくだが分かる。だから俺は言ってやるのさ。 「もう……無理すんな、ハルヒ。」 そうだ、コイツは明らかに無理している。そもそも古泉的な笑みをしている時点で気付くべきだったか。 もっともその笑みももう崩れかけているがな。 「……キョン?何言い出すのよ。あたしは別に無理なんか……」 そうは言っているが、ハルヒの笑みは更に崩れている。 お前に無理や我慢は向いてないんだよ。感情を100%表に出してこそのお前だろうが。 「ハルヒ、お前は自分の能力を知ってショックだったんだろ?今まで信じてたものが信じられなくなった。 下手したらSOS団のメンバーも偽りの仲間かもしれない。そう思った。 だから朝比奈さんを無理矢理繋ぎとめるような真似をしたり、 能力を持てて嬉しいんだと自分を偽っているんだ。違うか?」 「……ちが……」 「何が違うんだ?言ってみろ。 悪いが俺には攻める要素なんてまったくないぞ。俺はいたって普通の人間だからな。」 「……そうよ!その通りよ!悪い!?」 ハルヒが怒鳴った。ようやく、ハルヒらしい声が聞けたな。 「アンタに分かる!?自分がとんでもないことをしていたと気付いた時の気持ちが!! 自分の都合で8月を繰り返したり、自分の機嫌で変な空間を生んでたり! 1歩間違えればあたし世界を滅ぼしてたのよ!?」 大声で怒鳴りながらまくしたてるハルヒ。今まで我慢していたものが噴き出しているような感じだ。 「だから全てを知った時、あたしは真っ先に願ったわ!『こんな能力なくなりますように』って! でもそれだけは何度願っても叶わないのよ!こんな能力いらないのに!」 全ての感情を吐き出したハルヒは、その場に崩れ落ちてしまった。 床に水滴が落ちる。……泣いているのか。 「ハルヒ……」 今のコイツに、俺はなんて声をかけてやればいいのだろう。 俺が戸惑っていると、長門がハルヒの元へ歩みよった。 「有希……?」 ハルヒも顔をあげる。目元は真っ赤になっていた。 「あなたに、処置をほどこしたいと思う。」 「処置……?」 「そう。」 長門はハルヒの頭に手をかざした。 「あなたが昨日獲得した情報を、あなたの記憶から消去したいと思う。」 続く
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朝眼を覚ますと佐々木の姿はそこになかった。 俺は覚醒していない頭を抱えつつ、顔を洗い朝食とった。 今日は日曜日。なにも予定がないなんてなんて悲しい 高校生活を送っているんだろうね俺は。 佐々木に電話をしたが繋がらなかったので、 気晴らしも含め散歩でもいくか、と服を着替えた。 俺は愛車にまたがり駅前のいつもの場所に自転車を止めた。 まるでここにくるのが癖になってるみたいに、 自然に体が動いたのは気のせいだ。 駅前広場のほうに向かって歩いていると知った顔が近付いてきた。 古泉である。古泉は俺に向かって手を振り、 「こんなところで会うとは奇遇ですね」 と微笑を浮かべている。俺は適当に挨拶を交わしてその場を 離れようとした。そんな俺の行く手を阻むかのように古泉が前に立った。 「まぁ、そんな急ぐことないじゃありませんか。それより、 今日はなにか用事でもあるのでしょうか?」 いいや、俺はただの暇人だ。 「それはよかった、もしよろしければ僕達とご一緒しませんか?」 僕達?と周囲を見渡すと、そこには知った顔が3人いた。 長門有希、朝比奈みくる、涼宮ハルヒである。 俺がぼーっとしてると、俺の手を古泉が引っ張って3人の所に連れて行った。 「あ、えーっと、その、こんにちは」 と朝比奈さん、こちらこそこんにちは。 「………」 この三点リーダは長門だ。こいつは本当に無表情だなぁと思いつつ、 涼宮ハルヒのほうを見た。こいつは少し離れたところで、 なにやら暗い表情を浮かべたまま俯いてる。 まぁそれはいいとして、俺が迷っていると、 「どうか致しましたか?やはり、我々とは関わりたくはありませんか」 と少し残念そうな笑顔を浮かべるというなかなか器用なことをする。 「そ、そんなこと言わないで一緒にい、いきましょうよ」 少し頬を染めて微笑む朝比奈さん。いやこの可憐な方は実にいいですね。 「私もそれを推奨する」 ふと目線をしたに降ろすと長門が、俺を見上げている。 「あなたはそうするべき」 と続けていった。俺はどうするかと悩んでいると、涼宮がこちらを チラチラと見ている。ちょっと気まずいんですが。 「まぁ、少しなら構わんが」 と俺は承諾した。残念な笑顔から爽やかなスマイルを浮かべた古泉が、 「えぇ、歓迎します。それではいつもの喫茶店に行きましょう」 俺たちは古泉の後ろをついていき、喫茶店に入った。 俺はとりあえずいつもの席に腰を落ち着けた。いつもの? はて、なんだろうねこの既視感は、懐かしい感じもする。 全員席に着くと、ウェイターがやってきた。 全員飲み物を頼んだところで、古泉が切り出してきた。 「いやはや、またこの5人でここに来られるとは思ってもいませんでした」 その表情から安堵感が感じられるものの、俺には居心地がいいものではないが。 それより、今日の予定はなにかあるのか? 「実はですね、日曜はほとんど休日にあてられているのですが、 涼宮さんにすこしでも元気になって頂けないかとこうして集まっている限りです。」 そうかい、じゃぁ俺と一緒の暇人の集いってわけか。 「えぇ、まぁそんなところです」 古泉が困った顔で肩を竦める横で、申し訳なさそうに朝比奈さんが手を上げた。 「あ、あのぅ。もしよかったらみんなでふ、不思議探索でもしませんか!」 よく頑張りました朝比奈さん。でも少しは落ち着いてくださいね。 しかし、その不思議探索っていうのはなんです? ここで古泉がしゃしゃりでてきた。 「それなら僕が説明致します。団創設時にこの世の不思議を見つけ出す、 という概念がこの団には存在していまして。 週に1度、2度の時もありますが、二組に別れて街を探索していたんです。 勿論あなたも一緒に」 俺はそんな事をした覚えはないんだが、 そんな事よりもっと有意義な休日の過ごし方をしないのか? 「いえ、僕としましては。それはそれで有意義な過ごし方なのですが、 なによりこうやって皆さんと一緒にいられますしね。」 古泉はコーヒーを手に取り一口つけた後、あなたはどうします? といってきた。別に暇だから付き合ってやってもいいが。 「そうですか、それはよかった。では、これで班分けいたしましょう」 そういう古泉が5本の爪楊枝を握って全員に引かせた。 俺の爪楊枝の先端には赤い印があった。 「印ありだ」 と3人が印なしの爪楊枝を見せてきた。ということは必然的に俺は、 涼宮と一緒にってことになるだが。これはどこかの組織の陰謀? 「私も印あり…」 と今にも消え入りそうな声で喋る涼宮である。 「それでは、さっそく行きましょうか。 御代は僕が払いますので先に出ていてください」 ジェントル古泉が奢ってくれるというので甘えさせてもらおう。 俺はすこし憂鬱な気分で店を出た。 それもそのはず、告白されて振ったわけだし。 そりゃ気まずくもなるさ。 「それでは13時にここで待ち合わせということで」 では、っと三者三様の挨拶を済ませ、三人は離れていった。 さて、こっちはどうするかと俺は涼宮に話を振った。 「俺達はどうするんだ?」 涼宮は俺を見上げると、またすぐ俯いた。なんなんだろうね。 そうやって沈黙が続く事5分くらいか、沈黙を破ったのは勿論俺だ。 「ここにいても仕方ないから、適当に歩くか」 と歩き始めると、大人しく後ろをついてくる。 あれだ、大人しくしてるととても可愛いらしい一人の女の子じゃないか。 でも、その姿になにか違和感を覚える。 20分ほど歩き、着いた場所はというと並木道である。 俺たちはその辺にあったベンチに腰を降ろした。 そしてまた沈黙。しかし、沈黙を破ったのは意外にも涼宮だった。 「…ねぇキョン」 なんだ? 「この前は、その、ごめんね」 相変わらず俯きながら、消え入りそうな声で喋り始めた。 俺は、肩を叩いて気にするなとしかいえなかった。 「キョンは、私といるの辛いよね、嫌だよね?」 悲しそうな声でいうこの少女に、俺はなにを言っていいのか 少し悩んだがこう答えることにした。 「前にも言ったとおり、俺にはお前たちが言うような記憶はない。 だが、別にお前らといるのもそんなに悪くないんじゃないかなぁと思う事もある。 それに、別に涼宮といるのは嫌じゃないぞ、うん」 そういうと、「ほんと?」と少し嬉しそうに笑う涼宮がいた。 こいつは結構単純なんじゃないかなぁと思いつつ、 それは胸の中にしまっておくことにする。 「もし、もしね? 私が、その、SOS団に戻ってき…じゃなくて入ってって言ったらキョンはどうする?」 とまた俯いているが、なにやらチラチラと俺の表情を伺っている。 俺は少し考え、 「あぁ…別にいいけど」 と素っ気無く答えてしまった。 なんでいいなんて言ってしまったのか、俺にも解らない。 でもそうしたほうがいい気がしたからだ。 「べ、別に嫌ならいいんだから。無理しないでね?」 俺は無理してないぞと少し微笑んで涼宮を見た。 そうすると、少し眼を潤ませた涼宮が向日葵のような笑顔をしていた。 なんだ、しっかり笑えるじゃないか。と俺は安心していた。 「あぁ、だからいつまでもそんな暗い顔すんじゃねぇ」 と妹を扱うように頭を撫でてしまっていた。 てっきり、怒るかなぁと思ってはいたが涼宮は恥ずかしそうに顔を赤らめていた。 いやぁ、可愛いね。 なんでもない、ただの妄言だ。 「約束よ!」 と無邪気に笑うその少女を俺は自分の中に蠢く感情を抑えきれずに抱きしめいた。 自分でも何故そんな事をしたのか解らない。 しかし、こいつは今どんな顔をしているんだろうね。 「ちょ、ちょっとキョン!い、いきなりどうしたのよ」 そう言いながらも少ししてから、涼宮も俺の腰に手を回してきた。 俺は胸にチクりと痛みを感じた。 なんでこいつといるとこんなに胸が苦しくなるんだろう。 「なぁ、ハルヒ」 何故か俺は名前で呼んでいた。それが当たり前のような、 懐かしいような気がついたら口に出ていたんだ。 「なぁに、キョン」 ハルヒが耳元で甘い声を囁いた。 不覚にも少しドキッとしてしまったのはきっと気のせいだ。うん、間違いない。 「少し、こうしていてもいいか?」 「うん…」 そういうと、少し強めに抱きしめた。ハルヒも強く抱きしめ返してきた。 何故だか俺は安心していた。 ここ最近、なにか欠けているような違和感に苛まれていた為か、 俺にも少し余裕がなかったみたいだ。 しばらくして、俺は自分がしていることに気がついた。 なんつう恥ずかしいことをしてるんだ俺は。 俺はハルヒを離すと、ハルヒは顔を真っ赤にしながら何故か眼を閉じてなにかを待っている。 俺はとりあえずデコピンをしてあげた。 「アイタッ」 びっくりして額を押さえているハルヒ、 期待を裏切られたような複雑な表情と怒った顔と笑顔が混ざるという面白い顔をしていた。 俺はたまらず笑っていた。 「なによ!バカキョン!」 ふんっと鼻を鳴らしそっぽを向いたハルヒに、 「いろいろすまなかった、俺にも余裕がなかったみたいだ」 と微笑みを浮かべてハルヒの手を握った。 ハルヒは顔を真っ赤にしていたが。 こいつの前世は蛸なんじゃないかなぁと思ったりもしてみた。 でも、ハルヒが元気になって俺は心の底から安心しているみたいだった。 その後、二人で歩きながら集合時間まで散歩していた。 集合場所に行くと、3人は先に着いて待っていたみたいだ。 古泉がすこし驚いた表情を浮かべ、こちらに歩いてきた。 ハルヒは女子二人のほうに行きなにやら喋っている。 「これはこれは、まさかこの短時間であそこまで落ち込んでしまった涼宮さんを、 あそこまで変えるとはさすがとしか言いようがありませんね」 と顔をニヤケさした古泉。何が言いたい。 「そう怒らないでください、感謝してるんですよ。しかし、何をしたんですか?彼女に」 更にニヤケ顔が4割り増しになった古泉。 なんだろうね、一発殴ったら止まるだろうかと拳を握り締めると、 「古泉君!」 とハルヒがこっちに走ってきた。俺がどうしたんだ、と声をかけると。 やけに嬉しそうな顔をして俺と古泉の手を引っ張り、 朝比奈さんと長門のところに連れて行った。 「今日から新しく入る新メンバーを紹介しまーす! っていっても皆知ってると思うけど」 皆が「おかえり、おかえりなさい」と言ってくれた。 いやいや、新メンバーにおかえりなさいって…。でも俺は嬉しかった。 「ただいま」 今はこの懐かしさを少しでも感じていたかった。
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……………… ………… …… 俺は流れているのかも、止まっているのかもわからない気色の悪い浮遊感に身をゆだねていた。 この感覚がタイムスリップって奴なんだろうか? しかし、目の前が真っ暗、というより光を認識できないので 何も見えず何も感じられない。 『このままあなたの意識情報をあなたの有機生体に戻す』 長門の声に、孤独感が解消されたのを感じつつ、俺の置かれている状況が何となく理解できた。 俺の意識だけがどこかにとばされているらしい。幽体離脱って言うのはこういう感覚なのか。まだ三途の川は渡りたくないんだが。 しばらくこの状態が続くのか? 『長くはない。じきに移送が完了する』 そうか。ならちょうどいい。いい加減何が何だかさっぱりだから解説の一つもしてくれないか? このままだとまたパニックになっちまいそうだ。 『わかった』 長門の了承を確認した俺は、聞きたいことを整理しつつ、質問を始める。 一番聞きたいのはハルヒを襲ったあいつらについてだ。俺たちを襲い、陥れようとしている連中。 『詳細な情報は不明。わかっていることは、涼宮ハルヒに影響を受けた有機生命体であることだけ』 影響か。古泉みたいなものか? 『そう。ただ、古泉一樹と明確に異なる点は、涼宮ハルヒによって特定の能力を与えられた者ではないということ。 少なくてもイレギュラーな形での能力発現の可能性が高い』 そんな奴がいるのか? 『あなたはその例である者と認識しているし、接触したことがある。わたしも同じ』 接触? そんな奴いた憶えが…… 俺ははっと気が付いた。自覚がないが、ハルヒによって何らかの能力を与えられていて、そのせいで情報統合思念体の存在を 認識してしまった人間。あのラグビー野郎の中河だ。 『彼は涼宮ハルヒの影響下にあった。その後、危険と判断しそれを抹消した。不確定な問題を発生させる恐れがあったから』 ってことは、俺を事故らせて、ハルヒを襲ったあいつらは中河と同じような連中なのか。 しかし、何で突然ハルヒを狙ってきたんだ? 『その点については、少なからず情報統合思念体の失策に責任がある』 ……どういうことだ? 『順を追って話す。情報統合思念体があなたの友人の存在を認識したとき、放置すれば弊害が顕著化すると判断した。 そして、その問題を排除するべく行動をとった。具体的には、同様の状態を維持している有機生命体の調査と認識、 発見次第それを解消すること』 他にもいたって事だな。 『その数は想像を超えるものだった。涼宮ハルヒの影響は情報統合思念体の予測を上回り、数多くの有機生命体に及んでいる。 それを一つ一つ消去していく作業を開始した。だが、その時点で【彼ら】の中にもわたしたちの動きを察知する者が現れた』 まあ、大々的に動けば気が付く奴もいるだろ。中には自覚している奴もいたかも知れない。 それ自体は失策と言うよりも想定される状況だと思うんだが。 『そこで情報統合思念体はその動きを捉えられなかった。【彼ら】はこちらの動きを探りつつ、次第に情報統合思念体というものを 理解し始めた。それに同調するように、【彼ら】は結集を始める。互いの能力を理解し合い、こちらから情報をかすめ取り その存在意義は大きくなっていった。そして、ついに【彼ら】は涼宮ハルヒの存在にたどり着く』 消去して回る長門たちに対抗して組織化し、身を隠しつつ情報を得ていたのか。やっかいな連中だ。 『【彼ら】は情報創造を行える涼宮ハルヒ存在を、自分たちの利益にとって有効な存在と認識した。 そして、彼女を確保すべく行動を開始する。それがあなたを襲った事故の原因』 ちっ。話し合おうともせず、いきなり俺を謀殺しようとしたのか。短絡的にもほどがある。 『あなたを意識喪失状態に陥らせ、涼宮ハルヒの精神状態を不安定にさせる。同時に、それに乗じて涼宮ハルヒに接近し、 その能力の確保を行おうとした。これについてはわたしにも責任がある。彼らの行動に一定の不審を感じたが、 結論には至らなかった。【彼ら】の自己の偽装能力はわたしの予測を上回っていたから』 自分を責めるなよ。向こうの方が一枚上手だったってことだ。誰もお前を責めやしないさ。 だが、ハルヒの能力を確保ってそんなことが可能なのか? 『あの能力を身体から引き離し、別の存在へ譲渡する可能性は無いとは言えないが、危険すぎる。彼らの取った方法は 涼宮ハルヒの精神を奪い、彼らの命令を全て受け入れる状態にすること』 ふざけやがって。ハルヒを操り人形にするつもりだったんだな。 『だが、涼宮ハルヒも無自覚ながら対抗していた。文芸部室に立てこもった。あそこは様々な次元が交錯し、 【彼ら】が立ち入れば、自らの能力が何らかの反応を示し、情報統合思念体に察知される可能性があった。 だから、あの部室だけには立ち入ることができなかった』 古泉も同じ事を言っていたのを思い出す。俺が平然とボードゲームに興じている部室も、奴らにとっては、 毒の沼地に足を突っ込むのと同じくらいに危険な代物だったんだろう。 『そのため【彼ら】は部室の位相異常状態を除去する必要があった。まずは涼宮ハルヒのみ部室内に閉じこめ、 その効果が薄れることを待った。そのために、情報統合思念体への不正アクセスを多用したことが後の検証で判明している。 彼らの中に、情報統合思念体の認知を越えて利用できるレベルの者までいたことは、きわめて重大な事実として捉えられている』 ……そして、ついに奴らは動いた。 『部室の空間レベルが通常に近づいた時点で彼らは仕掛けた。部室内に侵入し、涼宮ハルヒの確保の実行を試みる。 わたしが【彼ら】の動きを理解したときには、もう遅かった。しかし、予定外に【彼ら】の行動を遅延させた存在があった。 それがあなた』 わざとやった訳じゃないけどな。 『感謝している。【彼ら】をわずかでも食い止めてくれたおかげで、涼宮ハルヒの精神は完全制圧状態にならず、 多くの自我を確保することができた。そして、【彼ら】にも次なる問題が発生していた』 神人か。だが、わからねえ。あそこまでやらかすようなストレスっていったい何だ? 『【彼ら】は一部ながら涼宮ハルヒの得たとき、その情報創造能力に圧倒されてしまった。そして、狂った。 今まで同調して行動していた【彼ら】はばらばらに自らの願望を叶えようと、涼宮ハルヒの能力を使おうと試みた。 だが、できなかった』 なぜだ? 俺の問いかけに長門はしばらく沈黙を続ける。そして、おもむろに 『通俗的な言い方をするならば』 ――一拍置いて、 『全ての願望を叶えられる神は一人だからこそ成り立つ。複数人……それも大多数では成り立たない』 俺はその意味を直感的に悟ることができた。 例えば、二人の人間がお互いに死ねと望んでみよう。いや、これだと二人とも死んで終わりか。なら、自分は生きていたいが、 相手には死んでくれと互いに望んだ場合はどうなる? この場合、二人とも死ななければならないが、 一方で二人とも生きなければならない。れっきとした矛盾って奴だ。連中はその矛盾の壁に阻まれて何もできなかった。 目の前に、何でも願いを叶えられるはずのツールが存在し、それを使えるにもかかわらず、実行できない。 その理由は、自分の願いに相反する願いをする誰かがいるから。 ……互いに憎み合ったんだ。あの罵声の嵐はその時の言い争いのものなのだろう。 一方でそんなに簡単に人間って奴は狂ってしまうものなのかという疑問も生まれる。 それまで奴らはそれぞれの目的も異なりながらも、一致団結して動いていた。なぜ突然仲間割れを始めた? 銀行強盗とかもいざ金が手に入ると、仲間割れを起こしたりするのが王道だが、いくら何でもあっさりすぎる…… いや、違う。よく思い出せ。あの中河の恥ずかしいなんていう表現ではできないような妄言の数々だ。 普通の人間ならあそこまで言わないだろうし、長門に能力を抹消されたあとのアイツの態度を見ても、 いくらなんでも異様すぎる。それほどまでに情報統合思念体の認知って言うのは人を狂わせるものだってことだ。 ハルヒを襲った連中は情報統合思念体を認識できている奴もいたようだったが、それでも狂わなかった。 中河と唯一にして最大の違いは、それは敵だと認識していたからかもしれない。中河を狂わせた叡知って奴も それが襲ってくるとわかれば、恋愛感情と誤認するはずもなく、その目には強大な敵として映ったはずだ。 だからこそ、それを退けられるハルヒの存在を欲した。だが、今度はそれを手に入れたとたん、それに魅了された。 今までハルヒをそんな対象としてみたこと無かったし、実感も無かった俺だが、確かに「何でも叶えられる」なんていう もしもボックスを手に入れたと自覚してみろ。正直、何をしでかすかわからん。 『情報統合思念体の存在同様、【彼ら】にとっても涼宮ハルヒの能力は過ぎた代物だった。有機生命体が持つ「欲」という感情を 暴走させるには十分すぎる。そして、それを使えないという矛盾した状態に彼らの精神的圧迫は飛躍的に向上し、 感情を爆発させた。もはや、止めることなど不可能な状態に陥ってしまっていた』 結果があの神人大暴走か。それでもあの程度の被害ですんだのは……やはりハルヒのおかげか? 『涼宮ハルヒは無意識ながら閉鎖空間を発生させて、神人の活動を閉じこめようとしたが、完全とはいかず、 被害の拡大は止められなかった。ただ、それでも【彼ら】を閉鎖空間内にとどめるように外部から切り離した状態にし、 【彼ら】の矛先を彼女のみに絞らせようとした。その結果、【彼ら】の目的が再び集約される。 それは、自分一人が涼宮ハルヒの全能力を確保し、他の競合する有機生命体を全排除すること。可能かどうかは不明だが、 そうすればいいと【彼ら】は信じている』 なんてこった。連中はまだハルヒをしつこく狙っているか。ん、じゃあ、もしかして俺が目覚めて北高に向かっているのも 奴らの目的の一つなのか? 『そう。【彼ら】の中の一人はあなたの存在を察知した。そこで、あなたを涼宮ハルヒの元に導き、利用しようとしたと思われる』 長門の話を聞いたおかげで、今までの奴らの目的が大体わかってきた。最初の朝倉襲撃は単純に俺の確保だったかもしれないが、 偽の情報を俺に与えて、古泉たちを手にかけるようにし向けたのは、俺にとってのハルヒの存在を 連中と同じ認識にすることだったんだろうな。あの時、朝倉に化けた奴は、ハルヒの能力を使えば、 俺の過ちは全て無かったことになるみたいなことを言ってやがった。現に俺は、危うくそれを受け入れそうになってしまった。 やれやれ、危ないところだったぜ。 『わたしが認識しているのはここまで。あとはあなたの目で見て判断して』 わかったよ、長門。色々教えてくれてありがとな。ああ、一つだけ確認したいんだが、今回の一件についてお前のパトロンは 何をやっているんだ? 『情報統合思念体は各派共通で閉鎖空間発生前の状態に回帰することを望んでいる。ただ、大規模介入は避けて、 あくまでも消極的介入のみ。また、万一涼宮ハルヒの全能力が【彼ら】によって奪われた場合は、強制除去を実行することでも 一致している』 強制除去って何だ……と聞こうと思ったが止めた。言葉からしてろくでもないことに決まっている。 『わたしはそれを決して望まない。しかし、今のわたしにできることは限定的。だから――』 何となく真っ暗闇で何も見えないのに、長門の顔が見えたような気がした。それは無表情だが、どこか決意に満ちた顔つき。 『あなたに賭ける』 ……以前にも同じ事を言われたな。仕方がない。もう一度世界の命運を背負ってみるかね。 俺みたいな凡人に賭けられるようじゃ、世界ってのはもっと精進が必要だぞ。 『もうじき、あなたの移送転換が完了する』 おっとその前にちょっと頼みがあるんだが。 長門に頼み事をすると、幸いなことに受け入れてくれたらしく、俺の目の前が明るくなり、脳天気に歩く馬鹿たれの姿が 目に飛び込んできた。俺はそいつの頭の真上に拳を振り下ろした ――目を覚ませ! この大バカ野郎が!―― 怒鳴り声もおまけで付けてやった。確かこんな事を言っていたはずだからな。これを忘れると、俺が偽朝倉の後ろにホイホイと ついていっちまう。 ほどなくして、また視界が闇に落ちた。ま、色々それから大変だが、がんばってここまでたどり着いてくれ。 『あと数秒であなたは元に戻る。あと、涼宮ハルヒの方である程度の問題が発生した模様。 ここから先はあなたの意思で動いて』 わかった。またあとで会おうぜ、長門。 ――そして、俺の目に膨大な光が飛び込んできた。 ◇◇◇◇ 「やあ、ようやくお目覚めですか」 俺の目に飛び込んできたのは、こっちに手をさしのべている古泉の姿だった。一回やっちまったという自覚があるせいか、 罪悪感と歓喜が入り交じった妙な感覚に陥る。しかしここはできるだけ平静を取り繕っておこう。 こいつに向かって間違っても涙を流したりしたら、周りに変な誤解を与えかねないからな。 まあ、それでもさすがにさしのべられた手を握らないほど、俺は落ちぶれちゃいないから、素直に古泉の手を借りて立ち上がる。 全身を伸ばすと、まるでさび付いていたかのように身体がきりきりと悲鳴を上げた。 一体、俺はどうなっていたんだ? 「12時間ほどですか、ずっとあなたは意識を失っていたんですよ」 その古泉の言葉を聞きつつ、辺りを見回すとちょうど国木田ノートを発見したときに休憩していた場所だった。 あのノートを開いたときから、俺は奴らの謀略に飲み込まれていたのか。 「わりい。また俺が遅延させちまったみたいだな」 「気にしないでください。この程度で済んだことに皆ほっとしているくらいですから」 辺りを見回せば、口を開く古泉の他、機関メンバーと谷口がこっちを笑顔で見つめていた。やれやれ、ボンクラすぎる俺を こんな笑顔で迎えてくれる人たちだったのに、奴らの思惑に乗せられて一度でも疑っちまった自分が恥ずかしいぜ。 「しかし、よく一旦引き返そうとか思わなかったな。ここにとどまっている方が危険だっただろうし」 「ええ、その通りですが、長門さんが僕たちの前に現れましてね。あなたは必ず帰ってくるから信じてと」 にこやかなスマイルで話す古泉。長門、いくらなんでも俺を過大評価しすぎ何じゃないか? 信じてくれるのは嬉しいけどな。 と、ここで森さんが凛とした声で叫ぶ。 「では、障害は解決されたと判断し、これから閉鎖空間の中心部へ移動します。ここから先は何が起きるかわからないから 確認警戒を怠らずに」 『了解!』 全員の元気のいい声がこだまする。待っていろよ、ハルヒ、長門、朝比奈さん。絶対に助けてやるからな。 ◇◇◇◇ 俺たちはついに連絡橋を越えて、閉鎖空間の中心部に突入した。ここからは誰も戻ったことがない生還率0%の世界。 何が起きても不思議ではない。が、 「なんてこった……!」 突きつけられた現実に俺は唖然とするばかりだ。 現在、俺たちは北高から10キロ程度離れた山の上にいた。特に敵に遭遇もせずにここまでたどり着いたわけだが、 それもそのはず、ハルヒを乗っ取ろうとしている連中は俺たちの相手をしている暇がないらしい。 双眼鏡で北高周辺の様子を見ると、あの光り輝く神人が辺りを破壊し尽くす勢いで暴れていた。 それなら何度かみかけた光景ではあるんだが、その神人に向けて猛烈な勢いで光弾が浴びせられている。 子供のころにみた湾岸戦争で空に撃ち上げられる大量の対空砲火みたいな状態だ。 「まるで戦争じゃねーか! 何がどうなっているんだよ!」 谷口がでかい声でわめく。発砲音らしき音がそこら中に響いて、大声でしゃべらないと相手の声を聞き取れないのだ。 古泉は森さんと何やら話し込んでいたが、やがて俺の元に近づき、 「事情はよくわかりませんが、あまりこのままにしておいて良さそうな状況ではありませんね。 ここは僕が出て神人を片づけることにします」 「だがよ、それでどうこうなる事態か? ――っ!」 すぐ目の前の市街地からまた多数の光弾が撃ち上げられ始め、轟音が鼓膜どころか地面を揺るがす。 古泉は片耳をふさぎつつ、俺の耳元で、 「涼宮さんはあの神人が暴れている付近にいると想像できます。それにあれだけの火力ですからね。 何かの拍子でこちらに向けられれば、あっという間に全滅ですよ」 確かにその通りだ。少なくとも連中がこっちに注意を向けてない間にケリを付けた方がいいかもしれねえ。 この状況が長門の言う仲間割れの一環なら漁夫の利を狙うべきか。 「その通りです。しかし、僕一人ではいきません。あなたも一緒です。最終的にはあなたが必要になるでしょうから」 いや待て。お前みたいに俺は空を飛んだりはできないぞ。ってまさか…… 古泉は自分の背中を指さすと、 「僕の上に乗ってください。そうすれば、一緒に涼宮さんの元にたどり着けますから」 にこやかに言ってくる古泉とは対照的に、俺は泣きたくなってしまった ◇◇◇◇ 俺は古泉の背中に覆い被さるように立つ。やれやれ、まさかこの年になって他人の背中に乗ることになろうとは。 しかも、相手がうらやむような美形野郎で俺と同い年と来ている。マジで勘弁してくれ。 「しばらくの我慢、我慢です。そうすれば、何もかも終わりますから」 「へいへい」 そう言って俺は古泉の肩に手を置く。と、森さんが俺たちの前に立ち、 「恐らくこれが最後の任務となるでしょう。ですが、特に作戦などは決めません。あなた達二人に全て任せます。 思うようにやっていいわ」 その顔は上官と言うよりも、信頼していると顔に書いてあるような優しげな笑みを浮かべていた。 そして、俺たちに背を向けて他のメンバーを見回すと、 「これより、最後の任務を果たします! 古泉たちは目標である涼宮さんたちの確保、わたしたちはこの場所を死守し、 古泉たちの帰還できる場所をします!」 ――ここで肩を上げるような深呼吸をしてから―― 「古泉、わたしたちはあなたに背中を預けます。信じた道を進みなさい。代わりにあなたたちはわたしたちに背中を預けて。 絶対にここを動かず、あなたたちの帰りを待ち続けるわ」 この言葉に古泉はヘルメットを少し深くかぶり、 「わかりました……!」 その返事とともに、俺たちの周りを赤い球状のフィールドが展開される。そして、そのまま遙か上空へと飛び上がった。 ◇◇◇◇ 灰色の空の元、俺は見慣れた待ちを真上から見下ろしていた。いやはや、まさか飛行機にも乗らずに上空から 自分の街を見ることになるとは考えもしなかったね。 北高周辺では相変わらず神人が暴れに暴れて、辺りを廃墟に変えていた。マンションに向けて振り下ろされる腕、 民家を踏みつぶす足。それらが繰り返されるたびに轟音が鳴り響き、ミサイルが着弾したような砂煙が空高く舞い上げられる。 神人を目撃したことはあまりなかったが、こうやって注視してみるとかなり恐ろしい破壊力を持った存在だ。 古泉はずっとあんなものを相手に戦っていたのか。 「さすがに慣れましたよ。神人の動きは複雑ではありませんからね。初めて遭遇したときは あまりの恐ろしさに立つこともできませんでしたが」 「あんなのを見て平然としている方がどうかしているさ」 古泉の言葉に、俺は感心と畏怖を込めて答えてやる。何だかんだで大した奴だよ、お前は。 神人に向けて一直線に飛ぶ俺たち。神人の周囲からは相変わらず砲撃か銃撃のような攻撃が続いている。 しかし、そんなものを浴びせられ続けても神人の暴走は止まりそうにない。 「一旦、近くの建物に降ります。そこで状況を再確認しましょう」 そう言って古泉は高度を下げて、手近にあったビルの屋上に降りた。北高まであと数キロ。距離が近くなったせいか、 神人の破壊行動に伴う衝撃が、身体に直にぶつけられてくることを感じる。 俺たちは持っていた双眼鏡で神人の様子を眺め始めた。暴れている場所は北高の校庭付近のようだった。 古泉は双眼鏡から一旦目を離すと、真剣な表情で額に指を当て、 「神人は一体だけのようですね。他に発生は確認できません。それならば僕一人でも対処はできますが、 やっかいなのはあの周りから浴びせられている攻撃の数々です。あれをかいくぐりながら、神人を倒すのは 結構至難の業になりそうですから」 「目的はハルヒたちの奪還だろ? 無理に倒す必要なんて無いじゃないか。そもそもハルヒが発生させたかどうかもわからねえ。 いっそ放っておいて、北高に突入してハルヒたちを探した方がいいと思うぞ」 俺の提案に、古泉は珍しく驚嘆の表情を浮かべて、 「ナイスアイデアです。神人退治が専門だったせいか、少々倒すことに固執してしまっていたようですね。 それでいきましょうか」 そう言って古泉が立ち上がろうとしたときだった。突然、鉄がきしむ音が俺の耳に届く。振り返ってみれば、 屋上から階下に通じる出入り口の扉が開き、そこから―― 「――なんだこいつら!?」 そこから出てきたものを見て、俺は悲鳴を上げてしまった。全身タールで覆われたような真っ黒な身体、口避け女の如く 大きく開かれた口、そして、周囲の光を反射して爛々と輝いている不自然に大きな目。そんな妖怪変化な物体が3つほど、 こちらを見ていた。 俺が唖然としていると、次の瞬間、俺たちに向かって銃弾が数発放たれた。運良くこちらには当たらず、 屋上の手すりに辺り火花が飛び散る。気が付けば、そいつらの手には短銃のようなものが握られていた。 こっちに殺意を向けているのは確実だ。 俺と古泉は背負っていた自動小銃をすぐさま握ると、そいつらめがけて一斉に撃ちまくった。 こっちの反撃を予測していなかったのか、その3つの物体はあっけなく全弾を全身に浴び、ばたばたと床に倒れ込む。 「今のはなんだ……?」 「さ、さあ……」 さすがの古泉も今のが何だったのか理解できないようだった。俺はその正体を確認すべく、 警戒しながら動かなくなったそれらに近づき、銃口で突っついてみる。 「……人間……か?」 それらは形だけ見れば、人間のように見えた。だが、とても正常な状態には見えない。病気ってわけでもなさそうだ。 と、古泉が双眼鏡で神人とは別の方向を眺めている事に気が付く。そして、見てくださいとその方角を指さしたので、 俺もそれに続いた。 その先には別の3階立てのビルがあった。その上にはさっきここに現れた奴らと全く同じ容貌の人間もどきが 群れをなして神人を見つめていた。指を指したり、何やらでかい口で周りとしゃべりながら、まるで観戦気分といった感じで、 神人の暴れっぷりを眺めている。 「ひょっとしたら、あれがあなたの言っていた【彼ら】なのではないでしょうか? とても人間の姿には見えませんが、 この閉鎖空間の中心部分にいるということは、他に考えられません」 「だが、俺が以前見かけたのは普通の人間の形をしていたぞ。あんな妖怪人間モードじゃなかった」 俺の反論に、古泉はあごに手を当てて、 「これは推測に過ぎませんが、彼らの姿を見てください。まるで欲を丸出しにしているように見えませんか? 長門さんは、【彼ら】は自らの欲望を暴走させていると言っていましたから」 俺にはただの化け物にしか見えないが……。だが、それが本当だとしたら、あんな姿になってまでハルヒを――ハルヒの能力を 求めるなんて狂っているとしか思えねえ。ますますあんな連中にハルヒを渡すわけにはいかないな。 ふと、何かのエンジン音のようなものが聞こえ、屋上から真下を走る道路の様子を見渡す。 そこには装甲車のようなごつい車輌が走っていき、その後ろを数十人のあの黒い化け物たちが追いかけている。 何だかもう訳がわからん。カオスな状態だな。 「そろそろ行きましょう。彼らの一部と遭遇した以上、僕たちの存在を捉えられた可能性もあります。 ぐずぐずしている時間はないと考えるべきです」 俺もそれに同意して頷くと、再び古泉の背中に手を置き、そのまま上空へと浮かび上がる。 さて、ここからが本番だ。まず神人に接近して北高の様子を探る。可能ならそのまま北高に突入してハルヒたちを探す。 これでいいよな、古泉。 ………… ………… ……古泉? 「え、ああ。すみません。周りに集中していてあなたの声に気が付きませんでした。何ですか?」 「おいおいしっかりしてくれよ。とりあえず、神人に接近してくれ。可能ならそのまま北高の屋上に降りて欲しい。 あとは校舎内を片っ端から調べてハルヒたちを探すんだ。それでいいか?」 「わかりました」 古泉は俺の言葉を了承すると、一直線に神人に向けて飛行を開始した――が、突然身を曲げて急上昇を始める。 俺にかけられた重力で身体がひん曲がりそうになり、思わず抗議の声を上げようとしたが…… すぐにその行動の意味がわかった。俺たちのすぐ真下を光弾数発がかすめていったからだ。 「おい古泉! 今のもしかして俺たちに向けられた攻撃か!?」 「どうやらそのようですね! また来ますよ! さっきとは比べものにならないほどの量が!」 振り返ってみれば、背後から雨あられの如く光弾が俺たちに向けて飛んできている。冗談じゃない。 あんな猛スピードで飛んでくる物体が当たれば、身体が木っ端みじんに粉砕されちまう。 奴ら、俺たちの存在に気が付いて排除しにかかったな。以前と違って確保ではなく、抹殺に動いているのは、 攻撃してきている連中が俺たちなんて必要と判断していないのか、そもそも俺たちのことなんか知らないのか。 どっちでもかまわんがね。 「速度を上げて、もっと上空に上がります! しっかりしがみついていて下さい!」 「お前に任せた! 好きにやってくれ!」 俺の返答とともに、古泉は今までよりも遙かに速いスピードで飛び始めた。そして、高度を上げて光弾をかわしていく。 だが、かなりの砲火をこっちに向けたらしい。そこら中の地上から、俺たちめがけて光弾が次々と撃ち上げられてきた。 そんな猛攻の中でも古泉の動きは見事だった。急上昇、急降下を繰り返し、または螺旋状に回転したり、急激なターンで 光弾を撃ち上げている連中の目測を狂わせたりと、全てきれいにかわしていく。よく知らんがバレルロールとかブレイクとか そんなものか? しかし、しがみつくだけで精一杯な俺にはそんなことをいちいち確認している余裕はない。 ようやく古泉の飛行状態が安定し、俺は目を開けて辺りを見回す。見れば、もう神人は目の前に迫っていた。 よし、まずは―― そこで俺は2つのことに気が付いた。神人の胸元辺りに人影のようなものが見える。 この距離ではぼんやりと人の形をしているぐらいしかわからないが。 もう一つが非常にまずいものだった。神人からそれなりに離れたところから、2つの物体が撃ち上げられ、 そいつらが煙を吐き出しながら俺たちめがけて飛んできている。 俺は古泉のヘルメットをつかんで、その存在を知らせる。 「おい古泉! 何かこっちに飛んできているぞ!」 「――あれは対空ミサイルでしょう。さっきから無誘導で飛んできているものとは違ってあれを対処するのは少々面倒ですね」 「脳天気なことを行っている場合か! どうするんだ!?」 古泉はしばらく黙っていたが、やがて意を決したように、 「神人との距離が近すぎます。二つを同時に相手はできませんから、一旦距離をとってから対処しましょう!」 そう言って、速度を上げて神人から離れ始めた。ちくしょうめ。せっかく目の前まで来れたってのに! 俺たちは上空1000メートルぐらいまで上昇し、他の光弾の射程外にする。さて、これでこっちに向かってすっ飛んでくる ミサイルに集中できるってもんだ。 古泉の飛行速度はかなり速いが、さすがにミサイル以上ではない。背中に迫ってくるその姿は次第に 細部まではっきりと見えるくらいに接近してきていた。 とりあえず、無駄かも知れないが、俺は古泉の背中に乗りながら自動小銃を構えて、その二つのミサイル向けて撃ちまくる。 運良く当たって爆発でもしてくれないかと思ったが、この高速飛行中でしかも片手は古泉の肩をつかんでおかないと 振り落ちてしまうような不安定な姿勢で撃ちまくっても当たるわけがなかった。じりじりとこちらとの距離を詰めてくる。 「まずいな! ここからじゃ当たりそうにねえ! もっと近づいてきたらそこを狙って――!」 「無理です。あの手のものは目標に接近したら自爆しますので、近づかれた時点でこちらは終わりでしょう」 古泉の冷静な解説はありがたいんだか、対応策がないんじゃこのまま直撃コースだぞ。どうすりゃいいんだ。 そうだ、古泉の超能力なら破壊できるんじゃないか? カマドウマを吹っ飛ばすぐらいの威力はあるんだから。 「確かに、僕の超能力ならミサイルを破壊できるでしょうが、あなたを背負ったままではそれも満足にできません」 ちっ……俺がお荷物状態か。あんなものがすっ飛んでくるってわかっていたら、途中で降りておけば良かったな。 だが、今は後悔している時間も惜しい。だったら! 「わかった、古泉。俺はここで一回下車させてもらうぞ。ミサイルの方はお前に任せるから、破壊後に俺をキャッチしてくれ!」 「本気ですか!? 危険すぎます! 大体、僕が破壊に失敗したら、あなたはそのまま地上に激突しますよ!」 「えらく本気だ! どのみち、このままだと二人ともおだぶつだからな! ってなわけであとよろしく!」 俺はとおっとかけ声を上げて、古泉の背中から空中に身を投げ出した。ふと、ここでミサイルが俺めがけて 飛んできたらどうしようと不安がよぎるが、幸いなことにこ2発とも古泉を追いかけていってくれた。 あとは少しでも落下の速度を抑えるべく、テレビでやっていたスカイダイビングを思い出し、できるだけ空気を全身に ぶつけるようなポーズを取る。 程なくして、上空で大きな爆発が2つほど起こった。頼むぞ、古泉。ここで投身自殺みたいな終わり方はしたくないからな。 そのまま数十秒ほど落下が続いたが、やがて赤い球体に包まれた古泉がこちらに向かってきた。 そのまま俺を抱きかかえるようにキャッチして、また背中に背負わせる。 「全く無茶しますね、あなたも。涼宮さん並ですよ」 あきれ顔の古泉。全く俺もすっかりハルヒウィルスに犯されてしまっているんだろうな。 と、ここで古泉が数回頭から何かを振り払うような動作をした。 「おい、古泉どうかしたのか?」 「いや――大丈夫です。何でもありません。ええ、大丈夫です」 大丈夫と連呼する古泉だったが、どうみても様子がおかしい。いつの間にか、あのインチキスマイルがすっかり消え失せ、 何かの苦痛に耐えているような苦悶の表情に変化している。だが、それも無理ないだろう。 さっきからあれだけの攻撃を浴びせられつつけ、それを紙一重でかわし続けているんだ。 精神・肉体ともに疲弊してきて当然といえる。これ以上長引かせるのはまずいな。 「よし古泉。とっととケリを付けるぞ。また神人の前に行ってくれ。そういや、あの化け物の胸の辺りに人がいたように見えた。 そいつを確認しておきたい。できるか?」 「わかりました……!」 ここでまた頭を振るう古泉。もう少しだ、すまんががんばってくれ古泉。 古泉は身をかがめると、スキーの直滑降の如く、急降下を始めた。この高度から一気に降りれば、奴らもすぐに対応できないから 周囲からの攻撃も最小限に押さえられるはずだ。 次第に神人の頭の部分が近づく。と、こっちの動きに気が付いたのか、目なのか何なのかわからないものが俺たちに向けられた。 『来るなっ!』 俺の頭に飛び込んできたのは、聞き覚えのない青年の声だった。同時にその巨大な腕を俺たちめがけて振り回し始める。 『なんでだよっ! どうして邪魔するんだよ! そっとしておいてくれよ!』 訳のわからんわめき声が脳内にこだまするが、俺は徹底的に無視することにした。お前らの事情なんてあとで聞いてやる。 まずハルヒを返してもらうぞ、話はそれからだ! 古泉は器用に神人の腕をかいくぐり、目標である神人の胸元前を通過した。速度が速かったため一瞬しか見えなかったが、 そこにいた人間の姿は俺の脳裏に完全に焼き付いた。 「キョンっ! 古泉くん!」 あの聞き慣れて決して忘れる事なんて絶対に無いと断言できる声。間違えるわけがねえ、ハルヒだ。そしてその隣にいるのが 朝比奈さん。二人とも俺が知っているあの日のままの姿だった。北高のセーラー服姿も変わっていない。 あの二人が神人の胸元に取り込まれた状態になっている。 『さっきまでいいって言ったのに、どうして約束を破るんだ! この嘘つき女!』 『うるさい! よくも騙してくれたわね! 絶対――絶対にあんたのいうことなんて聞いてやらないんだから!』 再び脳内に響いてきたのは、さっきの青年の声とハルヒの言い争いだ。 ……この野郎。ハルヒに何かしようとしやがったな。おまけにあんなところに埋め込んで、 光弾の直撃でも受けたら二人が無事で済まねえぞ。 あと、長門はどうしたんだ? 姿が見えないが、別のところに捕らえられているのか? 俺は長門の姿を確認するべく、古泉に神人の周りを飛ぶように指示しようとするが、先ほどからとは比べものにならない 砲火がこちらに向けられ、たまらずに神人のそばから離脱する。せっかく近づけたのに、また距離が離されちまったか。 だが、俺は何となく現状を理解することができた。手段はわからないが、連中の一人がハルヒに取り入ろうとしたのだろう。 そして、うまい具合に近づくことができたものの、ハルヒの持ち前の勘の鋭さでその謀略を見破り、拒絶したんだろうな。 んで、それにぶち切れた野郎が神人を発生させて大暴れ。周りにの連中は抜け駆けしたとでも思ったんだろうか、 それを阻止すべく攻撃を仕掛けているってところか。全くしっちゃかめっちゃかだ。組織だっていないってのは、 強大な組織を相手にするよりやっかいだぜ。やることなすことバラバラだからな。 また、俺たちは神人からの数キロメートルのところまで後退する。次こそ、ハルヒたちを取り返してやる。 すまんが姿が確認できていない長門は後回しだ。ハルヒたちを取り戻せれば居場所もわかるかもしれないしな。 「古泉! もう一度、神人の胸元に行ってくれ! 次こそ、ハルヒたちを――おい古泉? 聞いてんのか!?」 俺の呼びかけに古泉は反応しなかった。代わりに耳を押さえ始めて激しく頭を振り始める。 様子がおかしい。さっきからどこか違和感を憶えていたが、てっきり疲労によるものだと思っていた。だが、何か変だ 「違う……僕は!」 古泉は苦悩に満ちた表情で、突然叫んだ。それが向けられたのは俺じゃないのは明白だった。 誰としゃべってやがるんだ? 「おいしっかりしろ! どうした何があった!」 身体を揺すって聞き出そうとするが、また砲火が激しくなる。ふらふらと単調な動きをしているためか、 かなり至近距離をかすめる光弾が増えてきた。このままだといずれ直撃は必至だ。 俺は何とか古泉の状態を把握しようと、もう一度呼びかけようとするが、 『邪魔をするな』 低く悪意のこもった声が俺の耳に飛び込んできた。誰だ……? この働きかけのやり方は連中と同じものだ。となると…… 『おまえは黙ってみていろ。今この男は事実を知ろうとしているのだから』 訳のわからんこといいやがって。事実だと? それはハルヒをお前らがどうこうしようとしているっていうことだけだ。 だから、俺たちはそれを取り戻す。それ以外の何でもないね。 『ほう。この男を信用できるのか? こいつは機関という組織から送り込まれたエージェントだぞ。 涼宮ハルヒを中心としたお前らの枠組みなど、組織への忠誠の前では無に等しい。いざとなれば、この男はすぐに裏切る』 そんなわけがないな。今までずっと付き合ってきたが、出会った当初はさておき、今ではすっかりSOS団の一員さ。 今更ハルヒたちを投げ捨てて裏切るようなマネは絶対にできない。こいつはそういう奴だからな。 『なぜそうと言いきれる? 全てこの男の演技かも知れない。何の確証がある?おまえらを裏切らないという確証がどこにある?』 証拠だと? ははっ。そんなものは無いね。 『哀れだな。それはお前の思いこみに過ぎない。いつか裏切られる。必ず』 ああ、そうかもしれないな。俺は古泉の全てを知っているわけでもないし、細かい事情とかはっきり言って知らん。 知ろうとも思わないな。だが、はっきり言えることがある。 俺は数回古泉の背中を叩くと、 「もうこいつなしのSOS団なんて考えられないんだよ。誰か一人がかけてもダメだ。いけ好かない点や胡散臭さ満載だが、 それでも俺にとって古泉はSOS団の一員さ。だから、俺は信じるよ。こいつがSOS団を裏切るわけがないってな。 例え裏切るような事態になったら、二、三発ぶん殴って目を覚まさせてやる。それで十分だ」 不思議とこんな状況でも俺の心は動揺しなかった。疑いのかけらも全く頭に浮かばずに自然と口から信頼の言葉が出る。 俺に対する語りかけは無駄だと悟ったのか、声の主はしばらく沈黙を続けた。 だが、次に放たれた言葉は衝撃的だった。 『おまえがそう思っていても、この男は違うようだな』 「……なんだと?」 この時古泉の顔は青ざめ、すっかり精気を失ってしまっていた。唇をかみしめ、冷や汗が首筋を流れていき、 目は大きく見開いたまま瞬きすらしない。 こいつ……古泉に何をしやがった!? 『事実を伝えたに過ぎない。この男はお前の求める枠組みに取って必要ない存在だと言うことをな』 そんなわけがねえとさっき言ったばかりだ。古泉だってそれをわかっているはず。 『この男にはすでに帰るべき場所が存在している。涼宮ハルヒを中心とした枠組みが崩壊したとき、この男は酷く絶望した。 無力な自分に腹を立て、何もできない現実に憤った。しかし、それでも元には戻らない。そんなこの男を周りの人たちは 手厚く守った。時に優しく、時に厳しく、時に暖かく』 ……森さんたちか。こいつも普段はひょうひょうとしていたが、やっぱり俺が昏睡状態になった上、 ハルヒたちまでいなくなったことがたまらなく辛いことだったんだ。だが、それに何の問題がある? いい人たちに囲まれて古泉は幸せだっただろう。 『だが、この男はそんな人たちの優しさを無視して、それでも涼宮ハルヒの枠組みに戻ろうとしていた。 世話になった人たちの気持ちを全て裏切って』 バカ言え! それは絶対に違うと断言できる。森さんたちは古泉を支えたが、SOS団のことを忘れさせようとした 訳じゃないはずだ。そんなことをする理由もない。 『この男には帰るべき場所がすでにある。そこは涼宮ハルヒの元ではなく、2年間ずっとこの男を支えてくれた人たちのところだ。 あくまでも涼宮ハルヒの元に行こうとするなら、その人たちへの明確な裏切り行為と言っていい。 そして、おまえは涼宮ハルヒの元へ戻るために、この男の力を利用するどころか、支えた人たちへの裏切り行為を助長させている』 ふざけた意見だ。曲解にもほどがある。どれだけそんなことを言われようが、森さんたちに話を聞くまで、 俺は絶対に受け入れねえ。 『おまえはそうかもしれない。だが、この男はどうかな?』 「くっ……」 俺は唾棄するように、苦渋のうめきを吐き捨てた。古泉の奴、こんなふざけた戯れ言に惑わされているってのか。 いい加減目を覚ませ! 屁理屈の応酬はお前の得意分野だろ? こんなやりとりをしている間に、砲火はますます激しさを増していく。さらに、前方の市街地から小さな煙を吐く物体2発が 撃ち上げられたことに気が付いた。さっきよりも小型のものだが、あれも対空ミサイルだな。 『余計なこと……!』 さっきまで無機質だった声のトーンが変わり、激怒の色合いに変化する。チャンスなのか、ピンチなのかわからんが。 とにかく古泉の目を覚まさせないとならねえ。 「おい古泉! しっかりしろ! こんなばかげた話なんて聞くんじゃねえ! とにかく今は――そうだ上昇しろ! 前方からまたミサイルがすっ飛んできているんだ! このまま直撃すると二人ともやられちまうぞ!」 そう言ってまるで操縦桿を操る如く古泉の頭を引き上げると、きれいに上昇を始めた。 すまん古泉。こんなもの扱いなんて俺だってしたくないが、今は緊急時だ。帰ったらコーヒーをおごってやるから勘弁してくれ。 だが、背後を追いかけてくるミサイルはやはり小型ながら速度はこちらよりも上だ。じりじりと距離を詰めてきている。 「僕は……裏切った……?」 「違う! そんなことは裏切りでも何でもないんだよ!」 古泉の独白みたいな言葉に、俺は無我夢中で反論するがやはり古泉の耳には届いていない。 どうする――どうする!? 俺は手持ちの荷物に何か使えるものはないかと、ドラえもんが道具を探すようにあれこれ片っ端から掘り返し始めた。 すると、一つの手榴弾が手元に残る。 ……できるのか? そもそも可能なのか? だが、悩んでいる時間なんて無い。もうミサイル二発はすぐ背後まで迫っているんだ。 古泉の頭をさらに引き上げ、上昇角度を高くする。できるだけミサイル2発を下にあるようにしなけりゃならんからな。 あとは、この手榴弾にかけるしかない。 俺は覚悟を決めて手榴弾からピンを引き抜いた。そして、爆発寸前まで手で握りしめ、タイミングを見計らって 背後にミサイルに投げつける。 「……っ!」 激しい閃光と衝撃に、俺は意識を失ってしまった―― ◇◇◇◇ ――俺ははっと自分が気絶していることに気が付き、あわてて目を開けた。 視界に入ってきたのは、逆さまになった世界。そして、俺はその地面に向かって一直線に落下を続けている。 やばい、このままだと洒落にならないぞ。 俺はすぐに古泉の姿を確認しようと辺りを見回した。すると運のいいことにすぐそばに、俺と同じように自由落下を 続けている古泉がいた。ただ、俺とは違い意識はあるようで、しきりに口を動かして何かをしゃべっている。 すぐに泳ぐように俺は古泉の方へ移動して、落下を続けているこいつの身体にしがみついた。 「大丈夫か、古泉!」 「…………」 俺の呼びかけに古泉は冷めた視線だけを俺に向けてきた。そして、小声でぼそぼそとつぶやき始める。 「僕は……帰ります」 「何言ってんだよ。もう目の前にハルヒたちがいるじゃねえか」 「涼宮さんたちのところではありません。森さん、新川さん、多丸さんたちのところにです……」 「ああ、そうだな。だが、それはハルヒたちを助けてからだ」 「もういいんです……僕が勘違いしただけでした。SOS団に僕なんて必要ないんですから」 「…………」 「勝手にそう思っていただけでした。必要とされているし、だからこそ僕もSOS団副団長でありたいと思っていました。 だけど、それはただの思いこみだったんです」 「……何ふざけたことを言ってやがる!」 「あまつさえ、森さんたちの善意を僕は踏みにじろうとしてしまった。僕をあれだけ大切にしてくれた人たちを無視して、 僕なんてどうでも言いSOS団に拘っていたんです。バカとしか言いようがありませんよね……」 「そんなわけがあるか! お前は騙されているんだよ! あいつらの常套手段だ! 大体何の根拠があって、 SOS団に自分が必要ないなんて思っているんだ!?」 「さっき神人に接近したときに、涼宮さんはあなたの名前しか呼ばなかった。僕のこと何滴にもかけていない証拠です。 涼宮さんにとってあなたさえいればいいんですよ……」 古泉の言葉に、俺は記憶の糸をほじくり返し始めた。あの時、ハルヒはなんて言った? 確か、俺の名前と――ああそうだ。 古泉の名前もしっかりと呼んでいた。 「いいか古泉! あの時ハルヒはお前の名前もきちんと呼んでいたんだよ! かなりの大声だったからお前にも聞こえたはずだ!」 「嘘だ。僕には聞こえなかった。涼宮さんはあなたさえいればいいんだ……」 「それは捏造だ! おまえに語りかけている奴が何か細工しただけだ。俺が保証してやる。ハルヒにとってお前は必要なんだよ」 だが、古泉は全く俺に言葉に聞く耳を持たない。それどころは、少し強い目つきで俺を睨みつけると、 「あなたもあなただ。あなたも涼宮さんだけいれば良いんでしょう? そのために僕を利用しているに過ぎないんだ。 もういい、疲れた。僕は森さんたちの元に帰る。あの人たちは僕を受け入れてくれる。あなた達なんかと違う――」 ……いい加減ぶち切れたぞ、古泉! あまりの言いようじゃねえか! ああ、お前が理解していないってなら教えてやるまでだ! 俺は激怒に身を任せ、古泉の胸ぐらをつかみ上げる。そして、それこそ、鼻息がかかるほどまで顔を近づけて、 「――ふざけんなっ!」 自分のあごが外れるかと思うほどの怒声をぶつけてやる。さすがにこれには驚いたのか、古泉が目を見開き、 きょとんした表情を浮かべた。俺はそのまま続ける。 「いいかよく聞け! 確かにハルヒがお前のことをどう思っているのか、確実なことをは何も言えねえ。 俺はハルヒじゃないからな。そんなこと聞きたきゃ、本人にあって直に言えばいい。 だから、ここは俺の素直な気持ちを言うことにするぞ」 ――一旦深呼吸をすると―― 「まず最初に謝っておく。俺の意識がどこかに飛ばされている間に、はめられたとは言えおまえに疑いを持ったあげく、 殺しちまったんだからな。だが、お前を失ったときに俺がどれだけ絶望したかわかるか!? もう元のSOS団には戻れない。古泉がいなければ、SOS団は成立しない――もうあんな気持ちは二度とご免なんだよ!」 「…………」 古泉は黙ったままじっとまじめな面で俺を見つめている。 「俺にとってもうSOS団ってのは、誰一人かけてはいけないんだ。ハルヒも長門も朝比奈さんも、当然古泉、お前もだ。 俺にとってお前は絶対に必要なんだ。ああ、だからといってお前を支えてくれた森さんたちを否定するつもりは毛頭ねえ。 いいことじゃないか、それだけ信頼できる仲間がいるなんてうらやましい限りだぜ。だけどな、だからいって どちらかを選ばなければならないなんて事はないはずだ。お前は森さんたちの仲間であると当時に、 SOS団の副団長なんだ――それでいいんだ! だから、俺たちの元に――」 この時、俺は自分が今どのくらいまで落下しているんだろうとか、全く気にならなかった。頭にあるのはたった一つの言葉。 「帰ってこい! 古泉一樹!」 俺の渾身の台詞に、古泉の顔がまるで急速充電されたかのように、みるみると精気と取り戻していく。 そして、すぐさま俺の身体を引き寄せると背中に乗せて、また超能力飛行を再開した。 「すいません! がらにもなくバッドトリップしてしまっていたようです!」 「いや……正気を取り戻してくれるならそれでいいさ」 何だが、とんでもない事を言っていたような気がしてきたおかげで、古泉の目を見ることすらできやしねえ。 しかも気が付かないうちに、古泉の背中にあぐらをかいて座っているし。なにやってんだ、俺は。 すっかり忘れていたが、俺たちはいつの間にやら地上数十メートルの辺りまで落下してたらしい。あぶないあぶない。 もうちょっとで床に落ちたトマト状態だった。 と、古泉は何やら肩を振るわして笑っているようだった。嫌な予感がするが、念のため聞いてやる。何がおかしいんだ? 古泉は、空を飛んで背中に俺を乗せているにも関わらず、器用に肩をすくめると、 「いやはや、驚きましたね。まさか、あなたからあんな言葉が聞ける日が来るとは」 「……何の話だ?」 すっとぼける俺に古泉は嫌がらせをする子供みたいな笑顔を浮かべると、 「おや、お忘れですか? 僕の顔の真正面で『俺にはお前が必要だ!』なんて――」 「あーうるさいうるさいうるさい! 聞こえねえぞ、砲撃の音がうるさくて何にも聞こえねー! あーあーあーあーあー! これ以上お前の背中に乗っているのが、いい加減ウザくなってきただけの話だ!」 ああちくしょう。何であんなこっぱずかしい事を言ってしまったんだ。しかも、俺の顔が紅潮して、耳まで赤くなっていることが わかるのがなおさら恥ずかしい上に、むかついてくる。 しばらく古泉は神人の周りを移動しながら苦笑していたが、 「……いいでしょう! あなたの意見に同調しておきます。そろそろ決めてしまいましょうか!」 「ああ、これ以上時間を費やしても仕方がないからな!」 そう言って俺たちは神人に迫った。今度は低高度から、急上昇してハルヒたちのところに向かう。 ハルヒたちの位置はつかんでいるから、問答無用に神人を解体してやるつもりだ。 『来るなぁっ!』 神人を動かしている野郎が絶叫して、俺たちめがけて光る腕を振り下ろしてきた。だが、古泉が華麗な手さばきで腕を振るうと 大根がきれいに切られたように、その腕が切り落とされた。 「このまま一気に神人を崩壊させます。その時、涼宮さんたちをあなたがキャッチしてください」 「了解した! お前は存分に暴れてこい!」 俺たちは急上昇を続け、次第にハルヒと朝比奈さんの姿を視界に捕らえ始める。 「古泉くん! キョン!」 ハルヒの声。ほれ見ろ、古泉。お前の名前もちゃんと呼んでいるだろ? 「ええ……そうですね! 今回は僕の耳にもはっきりと聞こえましたよ!」 やたらと嬉しそうな声を上げる古泉。ま、ハルヒだってお前がいなくなって良いなんて思っていないさ。 あいつにとってもSOS団はなくてはならない存在だろうからな。 俺たちが迫るにつれて、神人の暴れはさらに激化した。 『来るな来るな! 何で邪魔するんだよ! せっかく手に入ったのに! 何で奪おうとするんだ!』 身勝手なことばかり言いやがって! お前らが俺たちSOS団を奪って、あまつさえ世界をめちゃくちゃにしたんだぞ! そんなふざけた連中にハルヒを渡せるか! 返してもらうからな! 俺は古泉の背中から、ハルヒめがけて思いっきり飛んだ。急上昇の加速と併せてまるで空を飛ぶようにハルヒに近づく。 一方で古泉はここぞとばかりに全力を出したのか、赤い球状に完全変形するとUFOが動き回るような異様な速度で 神人を切り裂き始めた。そして、神人が完膚無きまでバラバラに解体される。 ハルヒと朝比奈さんは拘束状態から脱し、そのまま落下を始めた。俺は二人に向かって必至に手を伸ばす。 ハルヒも同じだ。だが、届くか届かないかかなり微妙な距離になってしまっている。 くそ――肩とか手首とは言わない! せめて指一本だけでも握らせてくれ! それで十分だ―― 俺の願いをハルヒは読み取ったのか、すぐに指を俺の方に突き出してきた。 すぐにその指をとっさにつかむ。そして、少し引き寄せると、次に手首、肘と次第に引き寄せていって、 最後には二人の腰を両腕で抱きしめた。俺は二人の感触を味わうかのように、強く強く抱きしめる。 二人をキャッチした辺りで、俺たちはゆっくりと落下を始めた。早いところ、古泉に拾ってもらわないと、 3人とも地面に激突してしまうが、あまりの歓喜の感情に全身が高揚してしまい、全く気にならなかった。 よく言う。失ったときにその価値が初めてわかると。 だが、俺にはその続きがあると今理解した。一番、実感できるのは取り戻したときだ。この身体がまるで浮いていくような 爽快感と感激。 ――もう離さねえ! 絶対に離さねえっ!! しばらくそのまま落下が続いたが、やがてハルヒが俺を思いっきり睨みつけてきて、 「バカバカバカバカバカバカ! この大バカキョン! 二年も団長を放って一体何やってたのよ!」 「……無茶言うなよ。俺だってついこないだようやく目を覚ましたばかりの病み上がりなんだ」 と弁明してみるが、案の定ハルヒはこっちの話を全く聞かずに、俺に朝比奈さんの顔を突きつけると、 「ほら見なさいよ、みくるちゃんの可愛い顔がこんなにやつれちゃって……あんたのせいだからね!」 言いがかりにもほどがあると思うが、確かに朝比奈さんに負担をかけてしまったのは、断じて許せん話だ。 すいません、朝比奈さん。ようやくお迎えに上がりましたよ。 「キョンくん……」 朝比奈さんはすっと俺の肩に額を押しつけてくる。 ふと、長門の存在を思い出し、 「そうだ長門! ハルヒ、朝比奈さん! 長門は知りませんか?」 「ここにいる」 そう無感情な長門口調で口を開いたのは、朝比奈さんだった。って、なんだどういうことだ? 「わたしのインターフェースは一時破棄した。その方が【彼ら】に察知されずに動きやすかったため」 「長門さん、それ以降あたしの頭の中に住み着いちゃって……」 長門モードから朝比奈さんモードへ戻る。何だよ、ちゃっかり全員そろっていたのか。しかし、長門よ。 お前はそれでいいのか? また朝比奈さんモードから長門モードに変わると、 「問題ない。わたしという記憶を含んだ情報が存在していればいい。インターフェースはいくらでも再構築できる。 それにこの身体はわたしには合っていないと思っている。身体のバランスが悪い、それに歩くだけでなぜかエラーの蓄積される」 それを聞いたとたん、俺は思わず苦笑してしまう。朝比奈さんは顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。 まあ、それならいいけどな。 ここでようやく俺の襟首が掴まれ、落下速度が緩やかになる。見上げれば、古泉が俺をつかみ上げていた。 「古泉くん! 久しぶりっ!」 「ええ、お久しぶりです、涼宮さん」 二人は笑顔で挨拶を交わした。ま、何はともあれ、これでSOS団は復活ってわけだ。 「このまま、森さんたちのいるところまで移動します。少々辛い姿勢が続きますが、我慢してください」 そう言って古泉はのろのろと移動を始めた。どういう訳だか、さっきまで猛烈に撃ち上げられていた砲火がぴたと収まっている。 そんな中、ハルヒはオホンとわざとらしく咳をつくと、 「ま、まあ、いろいろあったけどさ。ここは団長からキョンの全快を祝って、挨拶ぐらいしておかないとね」 その言うと、初めて俺に見せるような優しげな笑顔になり、 「お帰りさない……キョン」 ――ああ、ただいまだ。ハルヒ、SOS団のみんな。 ◇◇◇◇ 森さんたちのいるところに近づいてきた辺りで気が付く。閉鎖空間の果てが明るくなりつつあること。 ずっと灰色の世界だったが、まるで夜明けのように光が差し込みつつあった。そして、もう一つがすすり泣くような嗚咽の声。 それも恐ろしくたくさんの人間が発しているものだ。ホラー映画のワンシーンみたいで、俺の全身に鳥肌が立っていく。 それを確認した朝比奈さん(長門モード)は、 「【彼ら】が泣いている」 「……何でだ?」 最初は疑問符を浮かべる俺だったが、すぐに理解できた。 ……連中にとっても、もうハルヒ以外には何もないのかも知れない。 「これは簡単には閉鎖空間から出してはくれなさそうですね。もう一波乱あるかも知れません」 古泉の言葉に、俺はやれやれ勘弁してくれとため息を吐くことしかできなかった。 ~~その6へ~~
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「久しぶりにオセロでもやらないか?古泉」 古泉君がきちんと整列した真っ白い歯を輝かせ、微笑む。 「長門、この前貸してくれたあの本、思いの他面白くてさ。昨日の夜もつい遅くまで読み耽ってたぜ」 有希が膝の上に置かれた本を黙読することを中断し、ゆっくりと顔をあげる。 「いやあ、朝比奈さんの淹れたお茶は何時飲んでもおいしいなあ」 みくるちゃんがお盆を抱え、少し頬を赤らめた。 いつもと何ら変わりの無い放課後だった。 今日もこうして時間は過ぎ、日が暮れる頃にハードカバーの閉じる音がした。 下校の合図。これもごく日常的な習慣。 次々と席を立ち、帰り支度をした後に、 「それでは、皆さんお気をつけて」 まずは古泉君が、 「……また明日」 その次に有希が文芸部室を後にする。これもごく日常的な帰宅の流れだ。 「それじゃあ…着替えるから」 そしてみくるちゃんが、 「待っててくださいね、キョン君」 とはにかむ。 いつもと何ら変わりの無い放課後だった。 鮮明に刻まれた記憶。身体と車が接触する瞬間。 それはすれ違い様に肩と肩をぶつけることとまるで変わらない、ほんの一瞬の出来事。 その一瞬の間にあたしは、「嗚呼、スローモーションになんてならないじゃない」、そんなことを辛うじて考えていたような気がする。 命の終わりなど本当に呆気ない。 そうして、あたしは死んだ。今から丁度一ヶ月前の出来事だ。 けれどあの時、事故に遭ったのはあたしだけではなかった。 キョン。 一緒に事故に遭ったキョンは奇跡的に無傷だった。 あたしは死に、そしてアイツは生きている。 あたしという存在を無かったことにして。 ――涼宮ハルヒの忘却―― あたしは毎日、キョンが「あたしの存在など無かったかのように」過ごすのを傍観している。 事故の日から今日まで、誰一人あたしのことについて触れることは無かった。 不自然に置かれている団長席、教室の机。それについてすらも誰も疑念を抱かない。 忘れてしまっているのだ。キョンは勿論、みくるちゃんも有希も古泉君も、谷口も国木田も鶴屋さんも、終いには家族でさえもあたしのことを忘れている。 あたしの部屋はあたしが使用していたそのままで残っているにも関わらず、家には遺影も位牌も置かれていない。葬式だって行われた様子は無い。 あたしの生きた痕跡が残る中で、『存在が無かった』と自然に振舞っている姿は苦笑してしまうほどに不自然極まりなかった。 最初は何かの冗談だと思った。 元々あたしは死んでなんていなくて、皆があたしを忘れたフリをしているのだと。 でも事実あたしは死んでいた。何かに触れることは勿論地に足をつけることもできないし、誰に話しかけたところでそれが聴こえることは無い。 あたしはあの時事故で死んだ、それは紛れもない事実だ。 そして、あたしという存在が無かったとされているこの世界…これも事実、現実の出来事なのだ。 「……朝比奈さん、あの……」 「何?キョン君」 「あの、えっと手、繋いでもいいですか?」 「えっ、あ……えっと、どうぞ……」 「……」 「……」 「……」 「……キョン君?」 「はっ、はい?」 「ふふ……みくるでいいって、何度も言ってるじゃない」 「あ」 「それにその敬語もやめてよね」 「はい……じゃない、……わかったよ、みくる」 あたしは、手を繋いで下校する二人のすぐ後ろをつけていた。 距離にして5センチも無いだろう。時折歩くペースが乱れ身体が重なることもあるが、二人が気付くことは無い。あたしの身体はもう物理的接触を行えない。 あたしはただひたすらキョンの顔だけを見ていた。この男の頬が赤いのは夕日に照らされているせいなのか。 それとも。 『ねえキョン』 キョンは答えない。 「あさひ……みくる、明日って暇か?」 『何してんのよ』 キョンは答えない。 「そうか、よかった。どこか行かないか?」 『何忘れてんのよ』 キョンは答えない。 「映画か……そうだな、見たいものでもあるか?」 『アンタ、言ってたじゃない』 キョンは答えない。 「じゃあそれにしよう。……俺?俺は何だっていいんだ、みくると一緒なら」 『……キョン』 キョンは答えない。 「それじゃ、また明日な……」 無言で見つめあう二人。それを無言で傍観するあたし。 キョンとみくるの唇が重なると同時に、あたしの唇から自然と言葉が零れていく。 『アンタはあたしを裏切ったのよ』 軽く触れるようなキスを繰り返す二人。深くお互いを求め合う二人。 抱き合う二人。見つめ合う二人。幸せそうに微笑む二人。 次第に胸の奥底からふつふつと湧き上がる感情。 憎悪。 『……許さない』 あたしはキョンを憎んでいる。 あたしを忘れたキョンを憎んでいる。 あの言葉を忘れたキョンを憎んでいる。 ―――地獄の果てまで着いていくぜ、ハルヒ。 アンタだけが生きて幸せになるなんて、そんなの絶対に許さない。 ◇ ◇ ◇ 純愛映画デート。いかにもみくるちゃんが憧そうな王道プランだが、そんな反吐がでるようなベタな事をこの男が好むはずが無かった。 にも関わらずキョンは終始ニヤニヤと楽しそうにしていて、あたしは反吐が出そうだった。 実にくだらない。 使い古された展開ばかりのB級映画に金を払うなんて。 その程度の物で感動してしまうような安い女の涙を拭ってやるなんて。 あたしはこの間抜け面をぶん殴ってやりたい気持ちで一杯だった。 無論、それが可能なら今にも実行していたことだろう。 立ち寄った喫茶店でロイヤルミルクティーと鼻水を啜る女に、キョンはハンカチを差し出した。 「いい加減泣き止んでくれよ、みくる……」 「ふええっ、ぐすっぐすっ……ごめんなさぁああい……」 キョンは目の前のみくるちゃんを気遣いつつも、周囲に視線を配っては居心地悪そうに背筋を丸めていた。 店内の客の視線を一斉に浴びてしまうのも無理は無い。傍から見れば別れ話をしていると思うのが自然だ。 ようやくそれに気付いたみくるは、絞れる程に涙を含んだキョンのハンカチで目を懸命に擦る。 「おいおい、目が腫れるぞ」キョンは腕を伸ばしてみくるの手を掴んだ。 「うん…ぐすっ、もう平気…ごめんねキョン君…」 「謝るなって」 キョンは呆れたような声で盛大に溜め息を漏らしたが、行動とは裏腹に、愛おしそうに、大切そうにみくるちゃんを見つめていた。 嘲笑わずには居られない。 馬鹿馬鹿しいことこの上なかった。この男はみくるちゃんを愛してなんかいないし、大切に思っているわけでもないのに。 ただこの可憐でか弱い、男性の理想を具現化したような彼女を気遣う行為が気持ちいいだけ。守ってあげることで気分を良くしているだけ。 要は、自分に酔っているのだ。 自己満足。何て醜いのだろう。 この最低男。 「なあみくる……俺の家に寄って行かないか?今日は、その……親も妹も居ないし」 極めつけがこれだ。 ――この、最低男。 「えっ……キョン君の、家……?」 その言葉の意味を理解したみくるちゃんは顔を真っ赤にし俯いた。しかし拒否することはしない。それは肯定の合図だった。 「いい……のか?」 「うん……」 「そ、そうか……じゃあ……えっと……い、行こうか!」 喜びを隠せないのか、それとも照れているのか。キョンは慌しく席を立つと伝票を取った。 「あ、キョン君、私払います!」 「いいんだよ、俺に払わせてくれ」 「でも私、映画代もキョン君に払ってもらっちゃったし……」 申し訳なさそうにするみくるちゃんの頭を優しく撫でたキョンは、 「……癖なんだよな」 不思議そうに首を傾げながらそう言った。 何が癖よ。この馬鹿。 堪えきれなかった喘ぎ声と、二人分の荒い呼吸が湿った部屋に充満していた。 経験など微塵も無い。AVの類を見たことも、夜中に両親の真っ最中を目撃したことだってない。 そんなあたしが衝撃を受けるには、初めて同士のつたない行為でも充分すぎるほどだった。 苦痛に顔を歪めつつも、時々悦びの声をあげ上の男にしがみついていて。 欲望に思考を乗っ取られ、機械のように腰を振って女を打って。 なんて醜い行為なのだろうと思った。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。 それでもあたしは耳を塞ぐことも目を瞑ることもしなかった。 そうして一部始終を見届けてやったあたしは、行為を終えて余韻に浸る二人に吐き捨てた。 『……不潔よ』 「みくる」 「なあに?」 「幸せか?」 「……うん」 「そうか、よかった」 キョンはみくるちゃんの白く細い肩に優しく手を添えると、ゆっくり自分の胸に引き寄せた。 みくるちゃんは満足そうな吐息を漏らし、キョンの胸に耳を当て瞳を閉じている。 淀んだ空気の中、不意にキョンが呟いた。 「俺たち……何もおかしいことなんてしてないよな?」 酷く擦れた言葉だった。 「何……突然言い出すの?」 みくるちゃんは身体を起こそうとしているが、キョンの腕は彼女を離そうとしない。 そのままでキョンは続ける。 「これで……このままで居ていいんだよな?幸せに浸っている俺たち、何もおかしくなんてないんだよな?」 「どうしてそんなこと聞くの?」 みくるちゃんの声が不安に染まった。あたしも先程まで考えていたことなど忘れ、キョンの次の言葉を待つ。 「みくるは何もおかしいと思わないんだな?」 「えっ、うん……どうして?何がおかしいと思うの?」 「……いや……そうか、そうなんだよな」 キョンはみくるちゃんから離れると、気だるそうに上体を起こした。 「じゃあ、何でもないんだよな。きっと……」 「キョン君……?」 隣に居るみくるちゃんのことなど忘れてしまっているのか。キョンは独り言のようにポツリ、ポツリと呟く。 「これでいいんだよな?…………なぁ……」 宙を見つめるキョンに、あたしは届かぬ問いを投げかける。 『誰に話しかけてんのよ、アンタ』 キョンの瞳は、虚ろだった。 ◇ ◇ ◇ 翌日の文芸部室。 空席…つまりあたしの定位置だった団長席に腰掛けながら、いつも通りの放課後を眺めていた。 昨日のキョンの言葉で、あたしは確信した。 キョンはこの不自然さに気付き始めている。 この世界は不自然で、忘れている何か、見逃している何かがある。その何かがわからぬ自分に苛立ち、そして怯えているのだ。 ―――それが実に愉快だった。 昨日から笑いが止まらない。止められない。間抜け面が溜め息をつく度噴出しそうになるくらいだ。 全てを思い出した時、キョンの前に姿を現すことができるだろうか。……いや、この際出来なくったていい。 ただこの男がどん底に落ちてくれればいいのだ。 この男が絶望に襲われ、苦痛に顔を歪め泣き叫ぶ姿を見たいがために、今あたしはここに居る。 あたしを忘れ、無かったことにしたこの男に制裁を。 それだけがあたしの望みなのだ。 「なあ古泉」 「はい、何でしょう」 「何か違和感とか感じてないか?ここ最近」 「違和感……ですか?特に感じませんが、それはどういった違和感なのですか?」 「いや……それならそれでいいんだが、長門は?」 「……特に、何も」 「そうか。そうだよな……」 そう、それでいい。 キョン以外の人間があたしを思い出すことだけはあってはならない。 一番最初に思い出すのはキョン、アンタでなければならないのよ。 誰かに告げられた事実ではなく、アンタが自分の頭で思い出して一人苦悩するの。 それが最高のシナリオ。 下校時刻になる。 「それでは、皆さんお気をつけて」 「……また明日」 有希と古泉君が部室を後にし、文芸部室にはキョンとみくるちゃんの二人が残った。 二人っきり――といってもあたしが居るのだが――の空間で少し語らった後、「あ、もうこんな時間」とみくるちゃんが慌しく立ち上がる。 「それじゃキョン君、着替えるから外で待っててね」 「ああ」 返事をしつつも、キョンは立ち上がらない。 「えと、キョン君?」 キョンは答えずに、ポカンと口を開けた彼女を凝視している。 みくるちゃんは何かに気付いたかのようにハッとし、戸惑いながら、 「あの……昨日の今日で言うのもなんだけど……えっと、やっぱり学校だし、着替えくらいは……あの」 「……あ、いや、そういうつもりじゃないんだ、すまん……」 キョンはポリポリと頭を掻きながら立ち上がるが、やはりそこを動こうとはしない。みくるちゃんを見つめたまま立ち尽くしている。 「キョン君、やっぱり昨日から変よ……?」 「何があったの?」と心配そうに尋ねられると、キョンは意を決したかのように真面目な顔をし、 「…みくる、一つ聞いていいか?」 「えっ?」 「そのメイド服は……―――自分で用意したのか?」 あたしは、自然と口端が吊りあがるのを感じた。 「……ほえ?こ、この服のこと?」 みくるちゃんはスカートを摘み上げ自身が纏うメイド服を凝視した。 「……あれ……どうだったっけ……?えと」 「なあ、その服、自分で着たいと思ったのか?」 「えっと……ううん、そうじゃなかったような……あれ……?」 みくるちゃんは心底不思議そうに首を傾げた。 対して私は笑っていた。そう、そうよ。アンタは思い出さなくていい。 「みくるは、そのメイド服を毎日着るよう誰かに義務付けられた……なあ、違うか?」 キョンはみくるちゃんの両肩を押さえつける。 「おかしいだろ?俺やみくるだけじゃない、皆そのことを忘れてるんだ。なあ、これっておかしいと思わないか?」 「やっ……ちょっ、と」 「頼むから思い出してくれよ、みくる」 「わっ、ふっ、やめっ」 キョンはみくるちゃんの身体を激しく揺さぶりながら続ける。 「何のために毎日メイド服なんて着てるんだ?誰に言われて着るようになったんだ?なあ!」 「痛っ、痛いよ、キョン君っ……」 「なんで誰もおかしいと思わないんだ!なんで俺は思い出すことができないんだ!!俺は……俺は一体何を忘れてるんだ!?なあ、教えてくれよみくる!」 一層大きな声で怒鳴りつけると、キョンは我に返ったかのようにみくるちゃんから離れた。 「ひっ……ぐすっ……うっ……う、うっ……」 「あ……す、すまん、すまない……」 身体を震わせすすり泣くみくるちゃんにもう一度手を伸ばすも、それは弱弱しく払いのけられる。 みくるちゃんは先程の言葉とは裏腹に、泣きながらメイド装束を脱ぎ始めた。慌しく着替え終えると、乱暴に鞄を取り小走りで文芸部室を飛び出していった。 キョンはその背中を見届けた後、悪態を吐きながらパイプ椅子を思い切り蹴りつけた。 椅子と椅子が激突する音と、キョンの怒鳴り声が文芸部室に響き渡る。 『…キョン…』 その様子を傍観していたあたしは、無意識に間抜けなあだ名を呟いていた。 その声が聞こえたかのように、あたしの居る方に視線を向けるキョン。そのまま凄まじい形相でこちらに近づいてくる。 「何なんだよ!ここには誰が座っていたんだ!……俺は何で思い出せねえんだよっ!!」 キョンが机に拳を叩きつける。渇いた音と共に机が軋む。 「畜生!」 きっと10センチも無いだろう。その先に、キョンの顔があった。 こうして至近距離に居ても、キョンがあたしと目を合わすことは決して無い。 キョンが見ているのはあたしでは無く、この席に座っていた『誰か』なのだ。 こんなに近くに居るのに、キョンの荒い息はあたしにかからない。 こんなに近くに居るのに、キョンはあたしに気付かない。 こんなに近くに居るのに、キョンはあたしを思い出さない。 『……あたしはここに居るわ!キョン!!』 キョンは答えず、俯き、歯を食いしばるだけだった。 キョンが苦しんでいる姿。あたしは何よりもそれを望んでいたはず。 それなのに、どうしてかすごく気分が悪かった。 ◇ ◇ ◇ キョンが帰路についた後も、あたしは文芸部室に残った。 キョンが苦しみ、取り乱した姿が目に焼き付いて離れない。 今まで間抜けで能天気なアイツばかり見てきたのだから、アイツのあんな様子を見て動揺するのも無理は無い。 しかしあたしはこうなることを望んでいたはずだ。 今のあたしの心境は矛盾している。 どうして願いが叶ったにも関わらず、こんなにも不愉快なのだろう。 ならば、あたしはどうしたかったのだろうか。 『笑っちゃうわね。あたしは恨んでいるのよ、アイツを』 『アイツは地獄の果てまで着いて行くって誓ったのよ』 『それなのにアイツはあたしを忘れてみくるちゃんと……』 『許せるはずないじゃない』 『あんな奴苦しんで当然なのよ』 『アイツだけ幸せになるなんて……そんなの……』 あたしはアイツへの憎しみを確認するかのように独り言を呟いた。 それでもあたしの心が晴れることは無い。むしろ逆効果だった。 『あたしは…』 あたしはどうしたかったのだろう。どうなってほしかったのだろう。 何故? 今となっては思い出すこともできない。 あたしが何を望み、どうしてここに居るのか。 あたしは…何かを忘れている? そんな時だった。 もうとっくに下校時刻を過ぎた今、文芸部室のドアを開かれたのだ。 『キョン!?』 ドアを開いたのは他ならぬキョンだった。 キョンはひどく疲れていたようだった。げっそりとした顔に、腫れた赤い目。よろよろとパイプ椅子に腰をかけると、宙を見つめ呟いた。 「……思い出せないんだ……」 うわ言のように繰り返される言葉。 「忘れてしまったんだ……大切な、何かを」 『……どうして、思い出せないの?』 あたしはこの男の独り言に、無意識に返事をしていた。何となく、キョンが返答を求めていたような気がしたからだ。 当然返事は無い。キョンはそれから目を閉じたまま動かなかった。 再び訪れる沈黙。あたしはキョンの胸中を伺えず、諦めて部室の外へと視線を移した。 怪しく浮かぶ月には雲がかかり、この不自然な世界に灰色の光を降らしていた。 灰色の世界。二人きりの学校。 思い出されるのは、おかしな夢、交わしたキス―――…… ああ、 なんだ、そうか。 そうだったんだ。 『キョン……』 あたしはキョンの方へと向き直った。目を閉じている彼の頬を涙が伝っている。 キョンの頬へと手を伸ばし、それを拭おうとした。 触れられない。 もうキョンに触れることすらできない。 死んでしまったあたしには、キョンを哀しませることしかできないのだ。 『……忘れていたのは、あたしの方ね』 キョンがあたしを忘れたのは、他でもないあたしの願いだった。 彼を哀しませないためにあたしが望んでやったこと。 涼宮ハルヒという存在をを無かったことにしたのは、涼宮ハルヒ自身だったのだ。 どうしてこんな大事なことを忘れていたんだろう。 全てはキョンが好きだったから。 あたしは一番大切な気持ちを忘れてしまっていたのだ。 『……キョン』 もう触れられぬとわかっていても、あたしは何度も彼の頬を拭った。 『思い出さなくていい……もう苦しまなくていいのよ』 拭えぬ涙は止め処なく流れ続けていた。 それでもキョンは心なしか、頬を撫でられ擽ったそうにしているように見える。 キョンの体温が温度を持たぬこの手に伝わってくるような気さえしていた。 『好きよ、キョン』 もう涙すら流せないこの身体。 もう触れることすらできないこの身体。 もうキョンを哀しませることしかできない、あたしの存在。 『あたし……行くわ』 これで最後と、あたしはキョンの頬に手を添えるようにした。 そしてそっと唇を近づける。 灰色で、二人っきりの世界。 アンタはキスをして夢から覚める。 そして次に目を開けた時、アンタは完全にあたしを忘れる。 今度は痕跡も無くあたしは消えるわ。 だからもう苦しまなくていいのよ。 ごめんねキョン。 アンタは生きて……幸せになって。 好きよ。 好きよ。 大好きよ。 誰よりも愛してるわ。 だからあたしを忘れなさい。 あたしはアンタを忘れない。 アンタを好きなこの気持ちを二度と忘れない。 「……ハルヒ」 最後に、キョンのうわ言が聞こえたような気がした。 「勘違いしないでよ。あたしはアンタを彼氏にするつもりは無いわ!」 「な、なんだと?」 「その代わり、団員その1は永久名誉雑用係に昇進です!」 「……はあ?ハルヒお前、何言って……」 「だからアンタはずっと、一生、死ぬまであたしの傍に居なくちゃならないの。仕事だって今までの何倍も増えるわよっ!覚悟しなさい!」 「…………」 「……ちょっとキョン、聞いてるの?」 「ああ。地獄の果てまで着いていくぜ、ハルヒ」 終
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今の季節は秋。 ある日、いつものように学校を終わらせ、SOS団室へ向かった。 ノックしたが、反応も無い…。 俺は、迷わずドアを開けた。 中に入ると、目の前にハルヒが寝てる。 うむ、道理で返事してなかった訳か…。 「全く…起こすか…」 少し溜息しながらハルヒを起こそうと…思ったのはいいが…。 俺、疲れてると思う。 想像してくれ、寝てるハルヒの後ろに本物の尻尾が生えてるし、頭に本物の猫耳が出てるし、おまけに猫耳がピクピク動いてる。 近くに、水無いのか? 周りを見ても無いので、便所へ行って顔洗い、戻って見ると…やっぱ猫耳と尻尾がある。 これは、どうしたものが…幻覚か!? 長門は、いない。 古泉は、いない。 朝比奈さんは、いない。 …そういえば、3人は用事があったな。 この状況はどう把握すればいい!? 助けて!スペランカー先生! …にしても、起こすべきか?起こさないべきか? もし起こしたとすれば、猫並みに行動するのかもしれない。 いや、ハルヒの事だからな…するに決まってるだろうな…。 えぇい、起こすしかないのか! 「おぃ、ハルヒ…起きろ」 「フニャ?あ、あれ…キョンじゃないニャ」 嘘だろ!?口調も変わってるし! 「ふにゃぁ…って、あれ?何か口調が変だニャ」 これは、ハルヒに知るしかないな。 「ハルヒ…落ち着いて、深呼吸してくれ」 「え?何でニャ?」 いいから、しろよ。 「スー、ハー、スゥー、ハー…したニャ」 「よし、鏡を見ろ」 俺は、どこから取り出したが知らないか、大きな鏡を持って来て見せた。 「…何これ?」 俺に聞くな…俺も頭を抱きたい。 「もー!取れないニャ!どうなってるニャァ!」 俺も言いたいわ!どうなってんだぁぁぁぁぁ… 「ハッ!古泉や長門がここにいなくでも携帯があ…」 しまったぁぁっ!携帯は家に忘れたーっ! 何で事だ…昨日、電気が切れたので充電してたのだ。 それを忘れるなんで…。 落ち込む俺の前にハルヒがいる。 「さっきから、態度が激しいけど…大丈夫かニャ?」 ヤ、ヤバイ…今回のハルヒは可愛すぎる!? 「だ、だ、だだ、大丈夫だ!そぅ、大丈夫だ!はっはっはっはっ…」 俺は、誤魔化しながら部室から出た。 「キョン、どうしたニャ?」 ハルヒは、首を少し横に傾いて、頭の上に?のマークが出る。 ヤベェ、理性が暴走する所だった。 「くそ!誰がやったんだ!」 本当に苦悩してしまう。 ん、待てよ。 ハルヒの能力って確か…どんな願いでも必ず叶えてしまう能力あったな。 バァン! 「うにゃぁっ!」 俺は勢いよく扉を開けたせいで激しく驚いたハルヒがいた。 「ハルヒ、猫になりたいと言う願いあったのか?」 「そういえば、そうニャねぇ…そう思ってたニャ」 やっぱし…こいつの願いのせいで…。 でも、本当によく出来てるなぁ。 俺は猫耳を触れた途端。 「フニャァ、触るなニャ!」 ど、どしたんだ!ハルヒ!? 「そ、その…感じたニャ…」 うむ、そこも完全に猫になってるのか…。 だったら、顎と喉の辺りにを触れたらどうなるのかな? 「ふにゅぅ、気持ちいいニャァ…」 ほほぅ、可愛いなぁ…。 「って、さ、触るなニャ!」 あ、照れた。 よし、色々やってみよっと。 「ちょ、や…やめ…」 ――30分後 「……」 「フン!」 「…痛いんだけど、ハルヒさん」 「知らないニャ!」 俺の体に引っ掻かれた後があり、服もボロボロになった。 全く、引っ掻く事は無いのだろう…いや、俺も悪かったな。 「でも、気持ち良かっただろ?」 「し、知らないニャ!」 ハルヒは俺を見ずに言う。 「だけど、尻尾だけは素直だぜ」 そぅ、ハルヒの尻尾は大きく振っていた。 「な、何をバカな事を…」 「猫の尻尾は感情表れやすく、大きく振れば嬉しい。怖い時は引っ込む。警戒する時は尻尾か立つ…だったな」 「~~~!」 流石、ハルヒは反論出来ないみたいだな。 さて、これからはどうするか…。 このまま出たら、バレそうだな。 どうしたらいいのやら…。 「ハルヒ、取りあえず、尻尾だけは隠しとけ」 「分かったニャ」 俺は、部室から出て、この後どうするべきかを考えた。 まず、ハルヒを俺の家へ連れて行って…古泉か長門どっちが電話するしかないな。 はぁ、何か疲れたよ…。 俺は、大きく溜息した。 これからの目的をハルヒに伝えといたが…。 ハルヒが慌てたり嫌がったりゴロゴロと態度を変わってるのが面白かった。 「さ、帰るニャ」 漸く、落ち着いたようだ。 この後…俺達は、部室を後して学校へ出たのはいいか…緊急事態だ。 何故なら、俺達が歩いてる時に後ろから声が聞こえた。 「やっほー、キョン君とハルにゃん!」 鶴屋さんがやって来たのだ。 「あ、こんにちわ」 「キョン君とハルにゃん、今から帰るのかぃ!」 相変わらずハイテンションな人だな。 きっと、悩み事は無いのだろう。 「え、えぇ…そうです」 「おや、ハルにゃん!何この猫耳は?」 「……」 あ、ハルヒが真っ赤になって黙ったまま俯いてる…。 「んー、どうしたのかぃ?ハルにゃん?」 そうだ、誤魔化さないと。 「あ、ハルヒはですね…昨日、カラオケしてたので、喉が痛んでるんで…あぁ、これは罰ゲームですから」 「あー、そうかぃそうかぃ!私はでっきり、キョン君が何か変な事したんじゃないかと思ってて!」 うっ…これは痛い。 痛恨の一撃だ…。 「す、する訳無いですよ!」 「あー、あっやしい!」 と、ケラケラ笑う鶴屋さんが言う。 からかないで下さい鶴屋さん。 さっきまでは本当に大変なんですよ…。 「じゃ、二人とも、まだねぇ!」 はぁ、さっきより疲れが来た…。 俺は、横目でハルヒを見た。 まだ真っ赤になって俯いてるな。 俺もだけど。 「やれやれ…」 そして、帰路を歩いてる途中、まだ誰が来た。 「WAWAWA、忘れ物~」 ちっ、谷口かよ、こいつはチャックを開ける事が多いから「チャック魔」と呼ばれる可哀相な男だ。 「…うぉぅ!?キョンか…」 何だ、今の安心したような顔は…。 「いやー、実はさ…さっきナンパしたけどな…って、おわっ!?ハ、ハルヒ!?」 おぃ、気付くの遅いわ! 「キョン、これは新しいコスプレなのか?」 どこがコスプレに見えるんだ…。 「ネコ耳ねぇ、尻尾もあるのか?」 さぁ、自分で調べてみろ…殺されるぞ。 「え、遠慮しとくわ」 立ち去ろうとする谷口、腰抜けめ! 「あー、谷口」 「な、何だ」 「言おうと思ったけど、チャック閉め忘れてるぞ!」 「って、おわっ!マジかよ!?」 「あと…後ろ歩きしたら、危な…」 「おうわぁぁぁ…」 遅かったか…。 後ろにマンホールの蓋が外れてるから落ちるぞと言おうとしたのに…遅かったか。 「キョン!それを早く言えぇぇぇ…」 俺は谷口を救ってやりたい所だが…日々の恨みあるので無視しよう。 谷口を放って置いて俺の家に帰った。 さて、家に帰ったのはいいけど…生憎、親が居ないので助かった。 妹?アイツなら、野外活動へ行ったぞ 「あー、キツかったニャ…尻尾を隠すのにキツかったのニャ」 やっと、喋ったな…ハルヒ。 「ハルヒ、風呂沸いたから…風呂に入れ」 「うん」 ふぅ…流石に疲れた。 あ、これで言うの3回目だっけ? まぁ、いい…古泉に電話しとかないと… 「…ョン、キョン!」 「うぉわ!?ハ、ハルヒが…どぅ…」 俺の目の前には、全裸のハルヒがいた。 それは、どういう事だ。 夢なのか!夢なのか!? 「風呂の湯、熱くで入れないニャ!何とかしてニャ!」 「そ、そそ、それは分かったけど…お、おおお、お前…ま、前隠せよ!」 「え?」 ハルヒは、自分の体を見て、顔真っ赤になった。 「ニャァァァァァァァァァ…」 ハルヒの悲鳴は家中に響いた。 ――数分後 ……。 「ゴメン、ゴメンなさいニャ!」 俺は、怒ってるぞ…ハルヒ。 「あまりにも熱さで忘れてたニャ!」 へぇへぇ、そうかぃそうかぃ。 「ちょ、ちょっと聞いてるニャ?」 皆さんに、状況をお知らせしよう。 ハルヒは悲鳴を上げた後、俺の顔に引っ掻かれ風呂場へ逃げ出した。 で、ハルヒが風呂上がった後、自分で何をしたかを把握し謝ってる所だ。 「…で、どうすんだ?この傷はよ?」 「えっと、それは…その…」 戸惑うハルヒって可愛いな。 まぁ、許してやるかな。 「あー、分かった分かった。許してやるよ」 「え、本当?」 目を輝いて、尻尾を大きく振ってやがる。 「取りあえず、腹減ったな…」 今の時間は、もう7時過ぎてる。 夜食を出していい時間だろう。 「あ、あたしが作ってやるニャ!」 ハルヒは、そう言って台所へ向かった。 何分経ったのだろうか。 物音が聴こえない…まさかと思って見てみると。 ハルヒは、よだれを流しながら魚をずっと見てた。 「おぃ、ハルヒ…何やってるんだ」 「え?うわっ!はははは…つい魚を見てると食べたくなるニャ」 こりゃ、猫の本性だな。 「魚は俺がやるから、それ以外のを作れ」 「わ、分かったニャ」 さて、古泉と長門に電話するか。 俺は電話を掛け、古泉に電話した。 「もしもし、カメさん、カーメさんよー」 くだらん事言うな。 「あぁ、面白くなくて、すみませんね」 そんな事より、聞いてくれ。 「はい」 俺は、今までの出来事を説明した。 「…と言う訳だ」 「確かに、涼宮さんの願いによってこうなったと思いますね」 お前も思ってたのか。 どうすればいい。 「キスする事しかないですね」 ふざけるな。 「冗談ですよ、涼宮さんの願いを変えればいいんですよ」 あぁ、その手があったのか。 「と言う訳で、言いたい事は終わりです。では」 お、おぃ!…切りやがった。 明日でも会って殴る事にしようか。 次、長門に電話するか。 「…もしもし」 おぃおぃ、電話を掛けてから1秒も経ってないのに早いな。 「よっ、実はな…」 「状況は把握してる…」 それなら、説明しなくてもいいんだな。 「だったら…」 「あとは、あなたに任せる…おやすみ」 ちょっ…切りやがった…。 ってか、早い会話だったな、おぃ…。 明日でも軽く説教したい気分だぜ。 俺がブツブツ言ってる間に、ハルヒが来た。 「ご、ご飯出来たニャ…」 そんなに顔赤らめても困りますけど。 後は、俺が魚を焼くだけでやっと食べれる。 さっきから、台所の入り口から物凄く見られてるような気がするが…気のせいだと思うことにする。 「ほれ、出来たぞ」 「ゴクッ…」 …ずっと、魚を見てるな。 まぁいい、食べるか。 「いただきます」 「いっただきまーすっ!」 俺は呆然してしまった…何故なら。 合掌した後、すぐに俺の魚を奪いやがった。 「おぃ、ハルヒ…それは俺の物だぞ」 俺は、箸で魚を取り返そうとしたが…手に引っ掻かれた。 ハルヒは、フーーーッと言いながら尻尾立ってた。 あぁ、尻尾立ってるって事は、警戒してるってか。 「はぁ…やるよ…」 ハルヒの態度がゴロッと変わった。 「ありがとニャ!」 魚を奪いやがって…あぁ、いまいましい、いまいましい、いまいましいっ! こうして、夜食が終わった。 ハルヒよ、魚の恨み忘れんぞ。 この後、ハルヒがシャミセンと喧嘩したり、意味も無く壁を引っ掻いたりするから大変だった。 本人は無意識でやっただけらしい…本当に猫の本性を発揮してるみたいだな。 そして、寝る時間になった。 「なぁ、ハルヒ…元の姿に戻りたいと思わないか?」 「んー、戻りたいと思ってるニャ」 なら、簡単だな。 それにしても、何故、猫に? 「なぁ、一つだけ言っていいか?」 「何ニャ?」 ちょとんとするハルヒもまだ可愛いな。 「何故、猫になりたがったのだ」 「んー、猫になれば新しい発見出来るかなと思ってたニャ」 なるほど、単純な考えだ。 「それに…」 それに?何だ。 「あ、な、何でもないニャ!」 「そうか…」 俺は、牛乳入ってるコップを飲み干した。 ふぃー…美味! 「あ、キョン…口の辺りに牛乳が付いてるニャ」 「お、スマンな…」 ティッシュで拭こうと思った瞬間、ハルヒが信じられない行動をした! ハルヒが俺の顔に近づいて、口の辺りに付いてた牛乳を舐めたのである! 思わず、手で口を塞いだ。 「な!ななななななな…」 「あ!ゴ、ゴ、ゴメンニャ!も、もう寝るニャ!」 ハルヒは、素早く俺のベッドへ行き毛布を被って寝た。 俺は、石化してしまった。 翌日、ずっと固まってた俺はやっと動けた…。 「眠い…」 何でこった…昨日からアレのせいで石化してしまったとは…。 洗面所から出た途端、二階から何やらドタバタと聴こえる。 「キョン!猫耳と尻尾が無くなったわよ!」 ほぅ、それは良かったな。 「やったーやったー!」 子供のようにはしゃぐハルヒである。 「さて、朝食作るか…」 「あ、キョン、お礼に朝食作るから…その間寝ていいよ」 おー、スマンな。 ハルヒの手料理はおいしいからな。 「それに、昨日はゴメンね」 分かってるさ、アレは猫の意識だと言いたいのだろう。 さぁ、寝るとするかね。 キョン、ゴメンね。 本当は、あたしの意識でやっただけだからね。 お疲れ様…キョン…。 あたしは、嬉しくて料理いっぱい作っちゃった。 キョンって、全部…食べてくれるのかな? そう思いながら、キョンを起こしに行った。 「起きなさい!キョン!朝食よ!」 シャミセン「ニャア?」 完 「あれ?私の出番、無いんですかぁ~酷いですぅ~」
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なんたって、朝の占いで僕の星座が1位だったんだからねー!! その証拠になんと、あの麗しい瀬能さんに「おはよう」って挨拶されちゃったよ! イェ-イ!! この調子だと、先輩にも将棋で勝てそうだぞー!! よーし、勝負だ先輩! 「負けました」 やったー!!本当に勝っちゃったよー! ひゃっほーい!! この調子で、2戦目も勝っちゃうぞー! さて、次の相手は・・・ と思いながら、僕の前の席に座った対戦相手を見た。 ・・・あれ?何でここにいるの? そこにいたのは、入学式のときの自己紹介のときにぶっちゃけたことを言っていた、その名も、 涼宮ハルヒ ほほー!こんな女の子でも将棋ってやるのかー!! うんうん、なんか何でもできそうな雰囲気をかもしだしてるからね。 でも、今日の僕には勝てないぞ。 まあいいや、とりあえず挨拶しておこう。 「垣ノ内です。よろしくおねがいします」 「………」 ありゃりゃ。返事が返ってこないか。 まあいいや、とりあえず。 「ジャンケンして、先手か後手か決めようか」 「あんたの好きなほうでいいよ」 おっ!すっごい自信だねー!! いいのかな?今日の僕にそんなこと言っちゃって。 「じゃあ、僕が先手でお願いします」 「………」 よーし、じゃあまずは2六歩っと! ・・・・・・・・・・・・・・・・・ そろそろ終盤かな? よーし、じゃあそろそろ決めちゃうぞ! 4四桂だ! これで、王将逃げなきゃ負けちゃうよー パシッ やったー! 次の一手で詰みになること気づかずに攻めてきた! 一応、確認しておくけど、その動かしたコマを次にどう動かしても僕の王将はとれない! じゃあ、4二金っと。 「これで僕の勝ちだよ!ほら!王手で詰みだから!」 やったー!今日2勝目!! 涼宮さんはどこか、悔しそう・・・? まあ、さっきから、というより始めてみたときからずっと無愛想な顔だからよく分かんないんだけど。 多分、悔しがってる。 と、思ったんだけど。 「あんた、バカ?」 と、予想外の言葉が返ってきた。 そう言うと、涼宮さんは角をななめにななめに動かして、動かした先には・・・ 僕の王将が・・・ ありゃ? どうやら、先ほどの一手はこの角を動かすために、打ったみたい。 「だって、王手って言わなかったよね?」 「言わなくたって分かるでしょ。どうせ、そんなことしなくても、あんたの負けだけど」 と言われて盤面を確認。確かに、先ほど僕が4二金を打たなくて、王将を守っても、次の1手で終わりだ。 あれ?おかしいな・・・ 今日は絶好調なはずなんだけど・・・ まあいいや、ここはおとなしく、 「負けちゃいましたー」と、言っておく。 その後に、「ありがとうございました」とも。 「強いね君ー!この、相手に気づかれない戦術とか!うん、すごい!」 と、うさんくさい批評家みたいなこと言ってたら、 「何で、あんたそんなに楽しそうなの?」 涼宮さんがそう聞いてきた。 ん?そうかな?僕は普段どおりなんだけど。 「うーん、負けたことはちょっとは悔しいけどね。それよりも、将棋ができたほうが楽しかったから」 「ふぅん」 「そうやって、何気ないことにうれしさや楽しさを見つけたらいいんだよ!君もそんな顔しないでさ!」 「うるさい!」 なんか・・・怒られちゃった・・・ 「あたしは、将棋に1回勝っただけで、うれしいとなんて思わない」 へー、そんな人もいるんだー。僕ならそれだけでガッツポーズしてもいいけど。 「じゃあどんなとき、うれしいって思うの?」 聞いてみる。 「………」 返事がない。 「例えばさ、僕は今日朝の占いで僕の星座が1位ですっごくうれしかったんだー。それと、実は僕、瀬能さんが好きで・・・」 「だから、うるさい!」 また、怒られた・・・ 確かに、ちょっと調子にのりすぎたか。自慢だと思われたかもしれない。 「帰る」 そう言って、涼宮さんは鞄を持って、立ち上がった。 僕のせいかな? とりあえず、何か言ったほうがいいような気がして、涼宮さんが扉の前に行った時、他にも何かうれしさを感じられそうなことを思いついて言ってみた。 「女の子なら、髪型を褒められたときとか。特に、好きな人に・・・」 なんとか、涼宮さんは立ち止まってくれた。 そして、涼宮さんはゆっくりこちらを振り向き、 「そんなしょうもないことでうれしくなるわけないじゃない」と言って、部室を出て行った。 ダメか・・・もしかして、逆効果だったかも・・・ じゃあ、どんなときにうれしさを感じるのかなー? やっぱりあれ?自己紹介で言ってた、宇宙人とかを見つけたとき? でも、そんなんじゃずっと嬉しさを感じられない人間になっちゃうような気がするんだけど・・・ まあいいや、とりあえず今日の第三戦目やるぞー!